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試作品
 実験が全て終わって必要の無くなった彼こと「試作品」は解体されそうになった。他のどんな事も別に何も感じ無かったしどうでも良かったけれど流石に解体されるのは少し嫌だったので逃げ出した。一ヶ月前の事だった。
 実験は秘密裏に行われていた。政府の要請で博士達は試作品を作製した。戦闘支援プログラム+α。彼はレプリカント。人造人間だ。主に前線での戦闘をになう為にこれから量産される人形達の試作品。それが彼だった。体中にごっそりスパゲティーのように何らかの液体を何種類も送り込む為のチューブを取り付けられて実験は毎日行われた。どんどん戦闘能力は強化された。精神のバランスを崩してしまう事の無いように初めに頭の中をいじられた。博士達は政府に頼まれた通りに限界まで試作品の戦闘能力を強化した。政府は試作品レベルの製品化にはコストがあまりにも掛かり過ぎる事に気付いて実験の中止が言い渡された。その時点で実験は中断されるはずだった。博士達は実験を中断してしまうのが惜しかった。折角成功したのに。試作品は面白いように強くなった。これからも更に強くなる。どんどんどんどん強くなる。中止が言い渡された時点で実験を辞めていればのちの惨劇は起こらなかった。
 試作品は全てを破壊し尽くして逃げ出した。研究棟は跡形も無くなった。言葉通りの意味合いで。彼の設計図も当然失われた。他の戦闘用のレプリカント達を出したが糞の役にも立たなかった。警備員達は勿論、万が一の為に国から派遣されていた兵士達。全て葬り去られた。面白いようにあっけなく。山のようにあった他の大切な大切な実験データも灰燼と帰した。ハイ、さようならだ。頭を抱えた政府だったが罰するべき博士達は一番初めに死んでいた。研究を命じた政府の要人はその日の内に自殺した。兵士達には見付け次第始末せよ。との命令が下された。見た目は人間の少年のそれと全く変わらなかったので重犯罪人としてテレビでも毎日のようにニュ−スで流された。そして莫大な懸賞金が掛けられた。なりふりかまっている場合では無かったからだ。頭は良いが馬鹿な博士達は試作品に寿命を設定していなかった。普通、レプリカント達は長くても三年しか生きられないように寿命が設定してある。それを試作品には設定していなかったのだ。時間も解決してくれそうに無い。
 試作品は堂々と町に居た。追って来る奴や賞金稼ぎは彼の敵では無かったからだ。身の危険を感じる事も無かった。感じるとすれば彼を追ってきた兵士や賞金稼ぎ達の方だった。どんな場数を踏んだ戦闘のプロでも彼と対峙した瞬間、後悔した。後悔してももう遅かったのだけれど。彼を追い詰めるのは簡単だったけれど始末する事は出来無かった。彼は始末出来ないように作られているのだ。
 彼にはお気に入りの場所があった。町外れの薄汚れたスラムの廃ビルの一角にある退役軍人の住んでいる部屋だ。(正しくは勝手に住み着いているのだが)上層部に裏切られて彼の部隊は全滅し彼一人が生き残ったらしい。しかし彼はそれに気付いていない風でかつての自分を誇りに思っていた。自分を死ぬ程の目に合わせた上官の事も今だ尊敬しているらしい。そうしてかつての武勇伝を延々と話す。誰も相手にする者はいなかったが試作品は彼の話を聞くのが好きだった。彼には片腕と片足が無かった。粗末な義手と義足を付けていた。戦争に行っている間に妻は他に男を作って子供と共に出ていったらしい。だけれど家族一緒の写真が彼の唯一の宝物らしくいつも肌身離さず持っていた。時々、試作品にも見せてくれた。皆幸せそうに笑っていた。彼は家族の自慢話も痛々しい程に楽しそうに話す。妻と子供が出て行ったのは自分が戦争に長い間出ていたから仕方の無い事だと笑って話す。家族が幸せになってくれていればそれで良いと話す。
 試作品は彼にだけは自分が戦っている所を見られたく無かった。彼は自分が強かった事を誇りに思っていたし、試作品は現役時代の彼でも全く相手にならない程強い。彼を傷つけるのは嫌だった。
 だけれど試作品はあまり運が良く無かった。彼の住む廃ビルの近くの路地で追って来た兵士達を倒す所を見られてしまった。試作品はあまりに華麗に大勢の兵士達を倒し過ぎた。しかも顔色一つ変える事無く。試作品は肉片が散乱した血のスープのまん中に立っていた。その場を立ち去ろうと振り返ると物凄く驚いた顔をして彼が立っていた。彼の姿を捕らえた瞬間、試作品は見た目通りの只の子供のようにぼろぼろ泣いた。凄く哀しい気持ちになった。皆、自分を殺そうとする。だから仕方ないから。だから。でもそれは言葉にする事が出来無かった。「……駄目かな?」その一言しか出無かった。それも震える小さな小さな声で。
 彼は少しも間を開ける事無く「まず血を洗い流した方が良いな」と少し笑って言った。試作品はさらにぼろぼろ泣いた。
トラベルミン