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Black Dahlia
 彼の名前はブラックダリア。茶色い髪に白い肌。細い身体。彼の生まれた村はとても貧しい村だった。他の多くの家がそうするように彼もほんの小さな頃に町に売りに出された。たしか6つの時だったように記憶している。文字は読めないし書けないけれど数は数えられる。(あまり正確ではないにせよ)今年で本当は23歳だったけれど18だと客には言い続けて来た。若い方が高く売れるからだ。自分を買った店の主人は少し思い出しただけでも胸の悪くなる糞野郎だった。十年以上も死ぬ程働かされた。どんな最低な事でもやらされた。だから逃げ出した。行く所なんて無いし追っても掛かっている事だろう。以前逃げ出した少女は捕まって(仲間に聞いた話だと拷問されて)頭が少しおかしくなった。それでも働かされていたし、よく言う事を聞くようになったと喜ぶ客も居た。頭がおかしいのはお前だ。あまり美人じゃ無かったけれどくるくると良く喋る可愛い少女だったのに。「イツカココヲデテタビニデテイロイロナモノヲミルノ」少女の口癖だった。ダリアは彼女の話を聞くのが少し好きだった。皆、絶対にその「いつか」は来ないのだと諦め切っていたが彼女はそうでは無かった。だが、本当に彼女の「いつか」は来ることは無かった。客に滅茶苦茶されて死んでしまったからだ。まだ13だった。仲間の屍体はいつもゴミのように扱われていた。使い捨てだった。そうして当然彼女も。それを見てダリアは彼女に変わってここを逃げ出して色々な物を見る事に決めた。ほんの少し彼女の為に、大部分は自分の為に。
 ダリアが持っている武器は部屋においてあった果物ナイフ一本だ。追ってはこれよりは絶対にましな武器を持っているだろうし戦闘に長けてもいるだろう。狭い路地に身を潜め見つからないように、見つからないに、見つからないように、見つからないように気配を殺して夜を待った。そうして狭い路地を影のように出来るだけ目立たないように、そして素早く移動する。食べる物は路地の生ゴミを漁った。別に平気だ。それ以上に汚くて最低な事なんて毎日のようにやってきた。今さらなんだ。でも、こんな毎日を続けるのか?逃げ出したは良いけれど、どこへ行けば追ってに怯えないですむのか?考えれば考える程凄く嫌な気持ちになった。
 それでもやはり相手はプロだったようだ。逃亡して四日目にしてあっさりと見つかった。心臓が止まる程驚いた。連れ戻される位なら死んだ方が全然ましだ。
 凄く嬉しそうに、そして余裕の表情で手を差し伸べる。「帰ろう」「外に出ても良い事なんかありはしないから」……ふざけるな。頭に来た。でも少しも顔には出さずに素直に従った。「少し外が見たかったんだ。だから……」思い付いた事を適当に口にしてみる。そうして少し油断した相手の咽にナイフを突き立てる。かわされると思ったけれどモノに入った。驚いた。ここは狭い路地だ。誰も居やしない。薄汚れた路地に倒れた相手にダリアは馬乗りになって何度も何度もナイフを突き立てた。血が面白いように吹き出す。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。ふと自分が笑っている事に気が付いた。べっとりと血にまみれて笑っていた。何だか凄くおかしいのだ。訳も無く。声を出して笑っていた。決して笑う所じゃあないはずなのに。そうしてその後声を殺して思いきり泣いた。
 真夜中、自分と体格の似た酔った旅人から衣服と荷物を奪った。一人殺すも二人殺すも一緒だと自分に言い聞かせた。死体はゴミ捨て場のゴミの中に埋めた。しばらくは見つからない事を祈りながら。そうして町を出た。幸い追っ手に見付かる事は無かった。追ってを一人殺してしまったから多分血眼になって自分を探している。
 身体を売った金で顔を変えた。何だかさっぱりした気分になった。
 何ヶ月かたって彼女の事を思い出した。すっかり忘れていた事と共に。ほんのチョッピリ、申し訳なく思った。
トラベルミン