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星の王子さま
 会社から帰宅すると、スナック菓子の袋一杯の星。
 「どうしたの? ソレ?」
 僕の声に気付いた姉はにっこり誇らしげに微笑んだ。大切そうに抱え込んで時々袋を少うし開けて幸せそう。少うし開いた袋の隙間からふんわり漏れる光。中を見て見たい。物凄く。袋を取り上げようと手を伸ばしたその時。
 「お姉ちゃんに意地悪しちゃあ駄目よ」
 母の声が台所から届く。こういう時の母は無条件で凄いと思う。
 トントントントントントントントントントントントントントントン
 何かを刻んでいる音。
 姉はぎゅうと袋を抱きかかえる。姉は僕よりもずっと大人なのにずっと子供のままだ。小さな頃は姉をいつか追い越してやると思っていたけれどもう僕は姉よりもずっとずっと先に来てしまった。最近それを凄く寂しく思う。
 トントントントントントントントントントントントントントントン
 ネクタイをほどきながら姉のいる部屋を後にする。僕が部屋から出て戸を閉めようとした時、
 「とうさんはね、もうね、かえってこないのよ」
 ククク。と笑いながら姉が言う。
 ククク。ククククク。
 うんざりだ。鬱陶しく思った僕は返事の変わりにわざと戸を強く閉めた。
 ククク。

 「とうさんはね、もうね、かえってこないのよ」
 星を一つ袋から取り出して手で弄びながらどこか遠くを見つめて姉はつぶやいた。
 「綺麗ねぇ」
 母が姉の頭を優しく優しく撫でながらどこか遠くを見つめて呟いた。
 僕は居心地が悪い。テレビのチャンネルを無意識に変える。テレビの中では何どこもかしこもどうでも良い感じ。乾いた笑顔乾いた悲劇乾いた乾いたつまらないつまらないつまらない。全てがまるきりどうでも良い。途中で僕は全く考える事を辞めた。ぼんやりと僕はクルクルチャンネルを変える。視線の端に星の光り。
 クルクルクルクル。
 チカチカ変わるチャンネルは姉の手の星の光よりも眩しい。時間がカチコチ過ぎてゆく。まるで時計が時間を少しずつ食べているみたいだ。少しづつ、でも確実にむさぼり喰ってゆく。耳障りな音をたてながら時計が時間をむさぼり喰ってゆく。僕は時計が時間を食べている所を想像してイライラする。
 「どうしてとうさんはね、もうね、かえってこないの?」
 姉が僕と母に訊ねる。
 「さあ、他に帰る家があるんだろ」
 母は質問に答える事は無くぼんやりと遠くを見つめている。ククク。と笑いながら。笑った所は母も姉も本当にそっくりで。
 「とうさんがかえってきたらおほしさまをみせてあげようとおもっていたのに」
 「キラキラしていてほんとうにきれいなのに」
 「そこにはもっともっと素敵でもっともっと綺麗な物があるんだろ」
 ククク。ククククク。
 「そっかぁ。そうだよねぇ」
 母と姉が笑う。僕はイライラとして姉の持つ袋を取り上げた。そうして乱暴に中身をぶちまける。キラキラと輝く星がさして広くは無い部屋一面に広がる。うす汚い部屋と対照的に星は本当に綺麗だった。小さいけれど本物の星。宙に浮かぶ力を失ってはいるけれど空に浮かんだ星よりも僕は綺麗だと感じた。うす汚い部屋が宇宙。僕は何だかとても偉そうな気持ちになった。意味も無く誇らしい。根拠も無く誇らしい。
 明日も仕事だけれど、今だけ、少しの間だけ王子様。
トラベルミン