赤い錆
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例えるならば赤。 工場の裏手の川のほとり、犬の頭を撫でながら、色々な事を考えて、みる。 川は工場から吐き出されるナニモノかのせいで真っ赤な色をしている。小さな魚の白い腹を見せてプカプカ。もう、魚なんて住んでいないと思っていたのに。でも死んでしまっているなぁ。と、犬の頭を撫でながら、自分。 空を見上げると遠くまでずらりと並んだ煙突から吐き出される色とりどりの煙。本当の空の色は何色なんだろう。と、犬の頭を撫でながら自分。 仲の良かった友達の事を、考えてみる。皆死んでしまった。たぶん工場から吐き出される色々なナニモノかのせいで。小学校へ入学した頃は一クラス四十人で八クラスもあったのに、中学を卒業する頃には一クラス二十人で二クラス。いけない事なのかも知れないけれど、もう、人が死ぬのにはとっくの昔に慣れてしまった。 町に一件だけある総合病院は工場が出資しているらしい。何度見舞いに行ってもどの友達にも絶対に合わせてくれた事は無かった。こっそり覗いた病室でちらりと見えた手と優しく笑う看護婦。……たぶん手だった。看護婦は何故あんな物を見て笑っていられるのだろう。それがその友達を見た最後。指は全部こそげおちて、どす黒い。走って逃げて、川のほとりでげえげえ吐いた。しばらくすると学校で、友達は肺炎で無くなったと聞いた。 でも、工場に文句を言う人はいない。 町の外から来た人は、町の印象を絶対に色で例える。そうして赤。 工場では一体何を作っているのだろう。町に住んでいる大人は皆、工場で働いている筈なのに何故だか誰も教えてくれない。父さんも母さんも工場で働いていた。だけれど二人ともとうとう教えてくれなかった。二人とも今はいない。どこかへ行ってしまった。まずは父さん。それから母さん。工場の人がやって来て、お金が入ったうすっぺらな封筒を二つ。 封筒を前に、付けっぱなしのテレビからは工場が作っている二時間の退屈な番組。一週間に一度しか変わらない二時間を、毎日、二十四時間くり返しくり返しくり返し。画面の中には笑顔を張り付けた女。悲しい筈なのに笑っていた自分。画面の中の女と二人笑顔。 工場の裏手の川のほとり、犬の頭を撫でながら、鞄を開けて昼食の残りのパンを取り出す。 犬は二本ある尻尾を嬉しそうに振りながら、毛がまったく抜けてしまった歪んだ身体を喜びに震わせる。本当に可愛らしい、つぶらな瞳は四つ。 今年、中学を卒業して自分も工場へ就職する。 立ち上がろうとした時に鞄のどこかに引っ掛けて手に小さな傷。見ると、ぷっくりと滲む錆色の血。 赤い色を見ると町の一部になったような気がしてもう、色々な事を考えるのを止めた。 |