昆虫少女
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「おはよう」 知らない男の声。 霞んで上手く見えない目を少しずらすと曇った窓から赤い光。今は、朝じゃあ無いんじゃあないの? それは声にならなかった。口が動かない。 男は私に良く見えるように透明な瓶をかざしてみせた。中には大きくて気持ちの悪い虫。キイキイキイと幽かかに鳴声。凄く耳障りで嫌な声。 体中が痛い痛い痛い痛い痛い。 「もう、分かっていると思うけれど。このまんまだと君は間違い無く、死んでしまうんだ」 「君を襲った男達は君を誰かと間違えたようだよ」 「襲われる筈だった娘は無事保護されたようだよ」 「やられ損って奴だよね」 何も言えなかった。身体が、痛い。物凄く恐ろしくて苦しい思いをしたのに。私には関係無かったんだ。それは一体何? 今まで悪い事なんか全然した事無かったのに。お腹を蹴られて顔を殴られて指を折られて腕を折られてナイフで切られて……思い出したく無いけれど、他にも沢山。 「それで……。少しだけなら寿命を伸ばす事が出来るかも」 瓶を片手に男。 「おはよう」 窓の向こうは月明かり。今は、夜よ。今度は上手に口を動かす事が出来た。身体を起こす。急に起き上がったからか頭の中が少し霞む。傷だらけだった身体はきちんと縫い合わされていて、お気に入りだったお人形を思い出す。身体は少し光を帯びたような、少し濡れたような、前とは違う変な感じ。男は大きな鏡をかざしながら、 「言い難いんだけれど、実はあまり上手には出来なくて、ほら、君の身体はかなり傷んでいたから」 髪の毛も蜂蜜色でつやつやと滑らかで、顔も村に住む誰よりも綺麗。元の自分とはどこもかしこも違っていて、まるで他人を見るようにうっとりと鏡の中。 「本当に少ししか寿命を伸ばす事が出来なかったんだ」 私は鏡の自分を気に入った。大好きになった。物凄く。男の用意してくれた真っ白な服に着替えながら、前とどう違うの? 「それは君自身で確かめると良いよ。……時間はあまり無いけれど」 男は窓を開け放してさあ、どこにでも好きな所へ行くと良いよ。 背中には大きな醜い羽根。綺麗な身体と対照的に。ふわっと広げる。物凄く気分が良くなる。そこに見える入り口のドアから出て行くのじゃあ駄目なの? そう言おうと思ったけれど止めた。 窓を乗り越えると夜風がとても気持ちが良くて、力一杯飛び出した。ずっとずっと行った所でふと、お礼を言うのを忘れていたな。と思った。 |