灰色
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「好きだよ。好きだよ。愛しているよ」 本当の気持ち。本当の気持ち。本当の気持ち。嘘偽りの無い本当の気持ち。 彼の身体をぎゅう、と優しく、強く抱き締める。抱き締めた手の隙間からぱらぱらと破片。 「好きだよ。好きだよ。愛しているよ。少しは俺の気持ち、通じているのかな?」 ぱらぱらぱらぱら。容赦無く崩れ落ちていく、身体。 本当は触れてはいけないのかな?だから崩れてしまうのかな。 本当は自分の気持ちを全部分かって貰いたいのだけれど、贅沢は言えない。ほんの少しでも良い。分かって欲しい。そうして贅沢を言えば自分の気持ちに答えて貰いたい。少しでも多くの時間を共有したい。好き。好き。好き。好き。好き。この気持ちをどう表現して良いのか思い付かない。好き過ぎて訳が解らない。完全に小さな破片になってしまった彼を足下にを見下ろしながらどうしようも無くて泣けて来る。でも、破片になってもやっぱり好きだ。胸がチチチと痛くなる。そっと破片を手にすくいあげる。肌色とピンク色の破片。見ているだけで、触れているだけで胸がチチチと痛くなる。 そっと優しく破片を地面に下ろす。 後を向く。そうすると破片の彼が動く気配。それは決して見てはいけない。決まり事。全部終わってしまうまでずっと、ずっと立ち続ける。何が起こっているのだろう。でも、それは決して見てはいけない。もし、万が一見てしまって嫌われてしまったらどうしよう。ぐっとまぶたに力を入れる。絶対に見てはいけない。 ここは灰色の魔法使いの治める場所。魔法使いの姿を見た事は実は一度も無いのだけれど、ここは全てが灰色。灰色の天井、灰色の壁。灰色の戸。戸の下には小さな穴。食事が出てくる魔法の小さな穴。魔法の力で閉じられている、絶対に開かない小さな窓。魔法の力で閉じられている、冷たい灰色の戸。戸の外からは時々灰色の魔法使い達の声。何を言っているかはよく分からない。だって、それは、魔法の国の言葉だから。 気配が消えて後を振り返ると彼はいつもの通り元に戻っていた。ふっと口元が緩む。ぱらぱらと崩れ落ちて小さくなった彼も好きだけれど、やっぱり大きなまんまの彼の方がもっともっと好き。 「好きだよ。好きだよ。愛しているよ。前よりももっと綺麗になったね。前よりも好きだよ。好きだよ。愛しているよ」 彼の身体をぎゅう、と優しく、強く抱き締める。抱き締めた手の隙間からぱらぱらと破片。 「俺は辛いよ。もう我慢出来ないよ。何が我慢出来ないのかは俺にも分からないのだけれど、とにかくもう我慢出来ないんだ」 外からは魔法使い達の声。 「小さな頃から本当に、ずっと君が好きだった。君を初めて見た時から、ずっと君が好きだった。でも、でも、でも、俺は気持ちを押し付け過ぎていたのかも知れないね。君の気持ちを聞きたかったのだけれど。本当に聞きたかったのだけれど、俺はもう諦めるよ。辛いけれど諦めるよ。本当に辛いけれど諦めるしか無いみたいだから。でも、ずっとずっとずっと、好きだった。好きだった。好きだった。愛していた。今だって大好き。大好きだよ」 俺の身体はぱらぱらと崩れはじめる。大好きな彼の目の前でぱらぱらと崩れ始める。いつもどこを見ているのか分からない緑色の大きな目で彼は俺が崩れ落ちていくのをじっと見ている。それで充分。それで充分。ぱらぱらぱらぱら。 彼の身体が崩れ始める。俺は触れていないのに、全然触れていないのに崩れ始める。ぱらぱらぱらぱら。 外からは魔法使い達の声。 彼の破片と俺の破片。一つに混じり合って一つの山がゆっくりと出来上がってゆく。それを見ていると何だか良い感じ。何故だか涙がどんどん溢れて来る。今までに無い気持ち。これは何?彼を見ると、いつもどこを見ているか分からない緑色の大きな目で俺を見ている。目が合ったのは出会ってから今までで、初めて? それで充分。それで充分。ぱらぱらぱらぱら。 外からは魔法使いの声。 「好きだよ。好きだよ。愛しているよ」 |