グルメドォル
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私は人形になりたい。 今すぐなりたい。人形になりたい。 そうして愛されたい。愛を一杯受けたい。溢れんばかりの愛が欲しい。愛するのはとっても面倒。絶対に、嫌。冗談じゃあ無い。 「じゃあなれば?」 母は反対しなかった。父も反対しなかった。彼は反対したけれど。 「やりたい事をやるのが一番よ」 親友のミサヨの言葉がとても励みになった。彼に反対されたのが少し引っ掛かっていたのだけれどミサヨの一言でどうでも良くなった。 そうして私は人形になった。 うん。思ったよりも素敵。不思議な色をたたえた大きな碧色の瞳。くるくる巻いた蜂蜜のような金色の髪。血のように赤い唇。抜けるように白い肌。小さな手。小さな足。そうして素敵なドレス。黒いビロウドに繊細なレース。綺麗な私に綺麗なドレス。 老いた人形職人もとても満足そうだった。彼の工房には人形がずらり。圧倒された。私も仲間入りするんだと思うと気分が高揚した。一刻も早く人形になりたかった。 カランと錆びたベルが鳴って工房のドアが開く。 「娘の誕生プレゼントにね」 きちんとした服装の上品な紳士。 亜麻色の髪の人形が買われて行った。何とも言えない悔しい気持ちで一杯になった。他の人形達もそうだろう。そう思って陳列棚をぐるりと見渡すと綺麗な包装紙で包まれる彼女を見る皆の目は嫉妬の炎でメラメラ。亜麻色の髪の彼女の丸い大きな目が包装紙に包まれて見えなくなる瞬間ちらりと見えた。物凄く誇らし気だった。目が合った私は幸せになってね、と余裕を見せて微笑んだ。本当は悔しい気持ちで一杯だったのだけれど。 次々と買われて行く人形たち。次々とやって来る人形志願の少女たち。寡黙に作業を続ける老いた人形職人。売れていく人形たちよりも人形志願の少女達たちの方が断然多い。全然多い。棚はもうすぐ一杯。古くから陳列されている人形達はどうなるの?古い人形たちに目をやると皆感情の無い諦め切った目。 そんな人形達を尻目に私は若い夫婦に買われていった。古い人形たちの行く末がチョッピリ、ほんのチョッピリ気になったのだけれどまぁ良いわ。さようなら。古い人形たちに目をやると相変わらず皆感情の無い諦め切った目。まぁ元気でやってよ。 包装紙から取り出された私は電子ピアノの上に大切に飾られた。狭いけれど清潔な部屋。夫婦は大切に大切にしてくれた。気分が良かった。私は愛されている。とても愛されている。休みの日には妻が電子ピアノで私の好きな曲を何曲も演奏してくれた。それに合わせて夫が歌う。上手じゃあ無かったけれど本当に嬉しい。嬉しい。嬉しい。私は幸福感で一杯。何もかもが私の望んだ形。産まれてきて本当に良かった。お父さん、お母さん、本当に有難う。 ある日夫婦は暗い顔。言い争い。毎日毎日言い争い。何? 泣いている若い妻。暗い顔をした若い夫。どうしたの。何でも言ってよ。私に言ってよ。声が出せないのがもどかしい。膨らんでゆく妻のお腹。ああ、そう言う事ね。なぁんだ。私にまかせてよ。大丈夫。大丈夫。 子供が産まれた。小さなベッドに小さな生き物。うん、お父さんに似ているわね。私は電子ピアノから可憐に飛び下りた。それはそれは可憐なフォーム。うふふ。ベッドまでタタタと歩く。ベッドに手を掛ける。 ごちそうさまでした。ベットの上はからっぽ。何も残らずからっぽ。お行儀良く頂いた。ちょっと筋っぽかったけれどまぁまぁだったわ。私の美しさに磨きがかかる。肌も髪の毛も更に艶やかに。 夫婦には笑顔が戻った。休みの日には妻が電子ピアノで私の好きな曲を何曲も演奏してくれた。それに合わせて夫が歌う。上手じゃあ無かったけれど本当に嬉しい。嬉しい。嬉しい。私は幸福感で一杯。何もかもが私の望んだ形。 又いつもの生活が始まる。 |