一時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
体中がむず痒い。家を出る時は何とも無かったのに。これは、何。
美佐子は身体中が痒くて痒くてとても痒くて授業どころじゃあ無かった。
美佐子はいつもいらいらしていたけれど今日は更にいらいらしていてクラス中の皆をはらはらさせた。
身体中の色んな所が痒くて痒くて痒くて。全身をかきむしりたくてたまらなかったけれど美佐子の高い高いプライドがそれを許さなかった。一時間目の授業は何とか耐えぬいた。
休み時間。
我慢出来ずに手足を掻く。掻いたら一瞬だけ痒みが和らぐけれどやっぱり痒い。掻いた場所からじんわりと痒みが広がっていくような感覚。
我慢出来ず掻きむしる。身体中の色んな所が痒くて痒くて痒くて。たまらない。
クラスの皆は何事も無かったかのように談笑に興じる。美佐子気付かれないようにちらちらと横目で気にしながら。彼女は一体一体何をやっているんだろう。誰もがそう思ったけれど誰もが口に出す事は無い。
二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
明らかにだんだん痒みが増している。身体中が痒い。痒い。痒い。これは一体何。不自然に身体中をくねらせる。
一瞬だけクラス中の皆の視線が集中する。つられて教師も一寸驚いた表情をして皆の視線の方向を見たけれど何事も無かったかのように授業は淡々と続けられる。
休み時間。
チャイムの音と同時にトイレの個室に掛けこんだ。並んでいる人をいつものように押しのけて乱暴にドアを閉める。
皆は何も言わない。誰も口には出さないけれど美佐子が怖かった。
美佐子は普通より一寸だけ太っていて普通より一寸だけ可愛い。美佐子に嫌われるとクラス全員から相手にされなくなってしまう。美佐子はやり方がとても陰険でとても要領が良い。だから美佐子が何をしても誰も何も言えない。美佐子のせいで学校に来なくなった生徒もいる。正確には来れなくなってしまったのだけれど。だけれど美佐子にとってはそんな事は全然全く関係無い。
掻く掻く掻く掻く掻く。掻きむしる。
痒い痒い痒い痒い痒い。これは一体何。服の上からじゃあ掻いても全然痒みが収まらない。薄汚れて湿気たトイレの床に乱暴に制服を脱ぎ捨てて下着姿になる。掻く掻く掻く掻く掻く。掻きむしる。これはこれはこれはこれは一体何?
二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
ばたばたと教室へと戻る足音。
そんなのはもう関係無くて。痒い痒い痒い痒い痒いのよ。
昼休みを過ぎて掃除の時間。
トイレは今だ使用中。
美佐子はもうなりふりかまわない。今や下着も脱ぎ捨てて。掻く掻く掻く掻く掻く。掻きむしる。
トイレの掃除当番は美佐子とは違うクラスの担当だ。
ドアがノックされる。
返事が無い。何か小さな音がする。
掃除当番の皆がドアの前に集まる。
「ドアが壊れているのかな」
「中で誰かが倒れているのかも」
痒い痒い痒い痒い痒い。
ドアの中から乱暴な声。
「何今の」
「さぁ」
「ね、開けてみる?」
美佐子は焦った。そうして物凄く腹が立った。トイレ掃除担当のクラスは美佐子も知っているクラスだ。凄く腹が立つ。絶対に許さない。一体誰だ。
「上から覗いてみようか」
楽しげで意地悪な笑い声。
ドアに足を掛ける音。
産まれたまんまの姿の美佐子。下着と制服は薄汚れて湿気たトイレの床の上。焦って手を伸ばそうとしたけれどとうてい間に合わない。
悲鳴が上がった。
急に騒がしくなる。泣き声が聞こえる。
教師がやって来た。
やめてやめてやめて。開けないで。でもでもでもでもそれよりも痒い痒い痒い痒い痒い。痒いのよ。
「皆離れなさい!ここに近寄らないでッ!」
震える教師の声。好奇心旺盛な生徒何名かが静止の声を無視して後に続く。
急いで下着を身に付けようとするけれど焦って上手く手が動かない。やめてやめてやめて開けないで。でも声が出ない。痒い痒い痒い痒い痒い。この姿じゃああんまりにもまずい。でもでもでもでもでも。
ドアが開かれる。美佐子は思わず怯えた表情をしてしまう。誰も見た事の無い顔。美佐子は又腹を立てた。
悲鳴が上がる。ドアがバタンと閉じられた。
「だッ……駄目、皆ッ下がってッ!!!」
教師の上ずった声。美佐子の知ってる声。
「早くッ」
回りが更に騒がしくなる。泣き声が聞こえる。
「皆下がれッ。教室へ戻れッ。先生の言う事を聞けッ」
騒ぎを聞いてかけつけたのであろう何名かの教師の声が聞こえる。美佐子の知らない声。
げぇげぇと吐く音と吐瀉物が床に落ちる音が聞こえる。
何何何何何。一体何なの。美佐子は混乱する。
でもでもでもでもでも…そんな事よりも痒い痒い痒い痒い痒い。あぁ、保健室へ行けば良かったかな。
でもでもでもでもでも…もう保健室までは絶対に我慢出来ない。
制服の上からじゃあもう全然駄目なの。再び制服を脱ごうとするけれど上手く脱げない。
痒い痒い痒い痒い痒い。
掻く掻く掻く掻く。掻きむしる。力一杯掻きむしる。
全てを袋に詰め終えた若い清掃員が苦しげな表情で思わず声に出す。
「一体これは何だったんでしょうねェ」
「さあなァ……」
乱暴に消毒液をまきながら年配の清掃員がそっけない返事をする。
休み時間。
雑誌を広げたりちょっとお菓子をつまんだりどうでも良くてとっても楽しくて。
美佐子の話をする者は誰もいない。
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