目を開けると粗末な服と粗末なナイフを片手に小さな町の片隅に立っていた。
そこは小さな島。
始めての場所なのにどことなく懐かしい感じのするそんな場所。
僕はさっきからナイフ片手にずっと木の人形を斬りつけ続けている。
数ある職業から魔法使いを選んだ僕。何だか神秘的で格好良く感じられたから。
僕の魔法で悪い奴達を倒すんだ。そうして世界に平和を!
それはともかく、ここは町外れの訓練場。糞ッ垂れの人形め。更に頭に来る事に中々攻撃が当らない。靭帯を痛めたらどうしてくれるんだ。糞ッ垂れッ!頭の中で口汚く罵る。
そもそも僕は魔法で悪い奴達を倒すのを生業とすると決めている訳で。肉体労働は全く持って向いていないんだ。息が切れる。腕が痛い。身体が重い。でも止めないてやらない。意地だ。
目を開けて辺りを見渡すとすぐ近くに狩りの仲間を探している人達がいた。すでに三人程集まっていて魔法使いを探していると聞いたので散々迷った末勇気を振り絞って声を掛けてみたのだけれど町外れにずらりと並んだ木の人形が並んでいる場所へと連れて行かれた。
「申し訳無いけれどあなたにはまだ無理よ。jここは訓練場。まずはこの人形を相手に戦いに慣れると良いわ」
何だか声を掛けた事が恥ずかしく感じられた。勇気を出して声を掛けたのは間違いだった。恥ずかしさと理不尽な怒り。頭の中で腹が立ったり悲しい気持ちになったりぐるぐるぐるぐる。だけれどその気持ちが顔に出てしまったのだろう。
「皆、ここへ来たばかりの時はそうしているからあなたもそうすべきなの。わかる?」
その人はきっぱりと言い切った。感情を読まれてしまった事を恥ずかしく思った。
イライラしながらも必死で人形に向かって斬りつける。しばらくすると何人かの人達がこちらへとやって来た。楽しそうに談笑しながら仲良く木の人形を斬りつけ始めた。キャアキャアと女の嬌声が聞こえる。男の笑い声が聞こえる。耳障りだ。非常に。イライラが増す。そうして切なくなる。僕は一人で一体何をやっているんだ。苦笑い。自分に嫌味を言う必要は全く無いんだけれど何だか非常に空しくて。横で楽しそうに同じ事をしている人達との差を感じる。何だかわからないけれどその人達に負けたような気がした。無心で斬りつけないから斬りつけても斬りつけても斬りつけても斬りつけても斬りつけても全くナイフが当らないのかな。畜生!!!
そうしてもう一つ頭に来る事がある。僕は魔法が全く使えない。何と驚いた事に魔法は買って覚えるのだそうだ。しかも決して安くは無い金額。そうして絶望的な事に僕は全くお金を持っていない。涙が出てきた。僕は一体何をやっているんだろう。そうしてどうしたら良いんだろう。人形を斬りつける。それしかする事が無いから。それしか出来る事が無いから。
身体が一瞬青白い光に包まれたような気がした。フワリと身体が軽くなる。
あ。何だろう今のは。何だか強くなった…?ような気がする。これで良いのかな。町へ戻ると先程僕が声を掛けた人達の中にいた人がいた。僕はあまり人に積極的に話し掛ける事の出来る方じゃあ無いのだけれどその時は本当に必死だった。聞きたい事はただ一つ。僕はもう町の外へ出ても良いのだろうか。
「まだ駄目だ。君には外は無理だ。危険過ぎる」
涙が出そうになった。町外れの訓練場に引き返す。更に人形を斬りつけ続ける。我慢していたのだけれど本当にずっと我慢をしていたのだけれど自然と涙が出てきた。楽しげに人形を斬りつけていた人達はどこかへ行ってしまったようだ。良かった。本当に心底そう思う。回りに誰もいないのが本当に幸いした。大の大人が一人っきりで涙と鼻水を垂らしながら木の人形を斬りつけ続けている姿はみっとも無い事この上無い。でもどうしても涙が止まらなくて。泣けてきて泣けてきて泣けてきて。
日が暮れて来た。腕はもう動かない。本当に動かない。腕も痛いけれど身体中が痛い。肩で息をする。喉が乾いた。もうこれで良いだろう。もしも駄目だとしても僕はもうこれで良いよ。のろのろと町へと戻る。もう夜もふけて来たのだけれど本当に疲れているのだけれど町の外がどうしても気になった。行ってみたい。僕が声を掛けた人達は町の外で化け物達と戦ったりしたんだろうな。そう考えると心底羨ましかった。
ナイフをぎゅっと握り締めて真っ暗闇の中うっそうと茂る木々の間をそろりそろりと進んで行く。正直怖い。やっぱり引き返そうかなと思う気持ちとこれから起こるであろう色々な事を想像して盛り上がる気持ちで頭の中が一杯になる。
化け物だ。胸がドキンと高鳴る。化け物と目が合ってしまった。ナイフを構える。ナイフが汗でじっとりと湿る。覚悟を決めた。
あちらからは襲いかかって来ない。身体中からドっと冷や汗がが噴出す。力が抜ける。そばの木にもたれ掛かる。自然と息が荒くなる。そうしてほんの少し心に余裕が出来る。どうしよう。どうしよう。どうしよう。怖い。怖い。怖い。色んな事を考えようとしても良い答えが浮かんで来ない。考えれば考える程駄目な考えしか思い浮かばない。
木の人形相手にをあれだけ訓練をしたのだから強くなっている筈。自分にはやれる筈。そう、やれる筈。そうしてそうする事を目的に僕はここに来たのだから。(……どこから?一瞬だけわき上がる疑問)
気がつくと身体中傷だらけで町の片隅に呆然と立ちすくんでいた。力が入らない。化け物に身体を切り裂かれて倒れた所までは覚えているのだけれど。そこからどうなったのか分からない。身体中が痛い痛い痛いよ。酷い傷を負っている。物凄い量の血が出ている。その場にぺたりと座りこむ。今はもう何もする事が出来ない。頭を抱える。情けなくて悲しい。僕は魔法使いなのに魔法使いの筈なのに魔法なんて一つも使う事が出来無い。
今日はもう終わりだ。帰ろう。でも……どこへ?そこは僕の知らない場所。僕には決して行けない場所。でも僕はそこへ帰る。じゃあ又明日。明日から又頑張ろう。今日はもうこの辺で。
さようなら。
暗転。
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