目玉屋家業
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私は目玉屋。この街では小さい方の目玉屋だ。 少女の目を瓶に詰めて売っている。 少女の目は世界。世界は少女の目。少女の目を覗くと世界が見える。一つ一つに全く違う世界。世界。世界。 事務所へと向かう道、私は死にたい気分で一杯だった。と言うか本当に死のうと思って酒をたらふく飲んで手首を切ってみたは良いもののあまりの痛さに驚いて家中をのたうちまわってしまった。血で汚れた床や家具の掃除をするのは手間だった。自己嫌悪で一杯。情けなさで一杯。虚無感で一杯。 妻はサナギになってしまった。 女は変わろうと思ったらサナギになって生まれ変わる事が出来る。私は不変なモノが大好き。他の大多数の少女と違って出会った頃は絶対にサナギになんかならないと言っていたのに。そこに惚れて結婚をしたのに。ある日、仕事から帰ると妻は寝室でサナギになっていた。大きな薄茶色のサナギ。ベッドの上には御丁寧に離婚届。あれだけ話合って来たのに。私は何だかんだ言って妻は口だけだろうと踏んでいた。踏んでいたのに。 妻はサナギになってしまった。 仕事になんてしている場合じゃあ無い。そう思ったのだけれど他にする事も無い。情けない。とぼとぼと雑踏の中進む。とぼとぼと事務所へと向かう。しばらく家に帰る気になれそうも無かったので着替え一式をバッグに詰めて持って来た。ふと車が行き交う道路へと目をやると食肉加工工場へと向かう薄茶色のトラック。トラックの荷台には大きなサナギがこぼれ落ちそうな程沢山。目的も無くサナギになった女達は何にも変われない。サナギのまんま。サナギはしばらくすると腐って来る。腐ったサナギは独特の臭いがする。腐らなくても独特の臭いがするのだけれど更に何倍も臭いが強くなる。サナギになった女の家族達は加工工場へと電話をする。(ちなみにこれは国民の義務だ)サナギを買い取って貰う為に。結構良い値で買い取ってくれるらしい。加工工場で何らかの処理を施すと美味しい美味しい肉になる。加工の仕方で何種類もの肉になる。肉は美味しい。私の妻は間違い無く肉になる。私はそれでも妻を愛している。サナギを業者に売ると一体いくらになるのかな?それで何を買おう。などと考えている内に事務所の入っているビルについた。良い具合に古びたビルの十八階に私の事務所がある。 事務所に入るといつものようにサダオカ君はいつものように黙々と書類を書いていた。 「お早う、サダオカ君。私の妻はついにサナギになってしまったよ」 サダオカ君はゆっくりと私の方を振り向く。とろんとしてどこを見つめているのか分からない目で私を見つめる。この目が私は大好きだ。 「ざ……ん念デしたね。で……も……。………。……」 私はゆっくりと言葉を待つ。沈黙が続く。 「オクサ……んにも。何か………考えガアタのかモ」 うん、悲しいけれど理想の答えだ。その何かを私は知りたかった。ずっとずっと知りたかったのだけれど、もう妻は何も語らないし語れない。暗い気持ちになる。 今日は依頼の電話が一本も無かった。ずっと手入れをしていなかった目玉抉り器をいじっている内に時間が経ってしまった。忙し過ぎるのも考え物だけれど(そんな日は滅多に無いのだけれど)暇過ぎるのはもっと考え物だなぁと思った。 「新聞に広告でも出してみるかなぁ」 何となく沈黙が嫌で、何となく口に出してみる言葉。 「今日からしばらく事務所に泊まる事にしたよ。家にはサナギがあるんだよ。臭くて。悪いけれどサダオカ君、君は今日から接客用のソファーで寝てくれないか」 特に嫌な顔もせず了承をしてくれた。事務所は古いけれど住むのには充分な設備がちゃんと整ってある。余った小さな部屋をサダオカ君が住居に使っている。サダオカ君は普段あまりちゃんとした食事をとらない。 「そうだ! 今日は焼肉でもしようか?」 「イイですね」 書類を書く手を止めてサダオカ君が笑顔を向ける。滅多に見られない笑顔。うん。我ながらかなり良いアイデアだった。そうして、 私は朝からとても肉が食べたかった。 |