世界は終わろうとしていた。
でも人類滅亡とかそういう大袈裟なものじゃあ無くて。
りかの世界が世界が終わろうとしていた。
りかの左腕から噴出す血。右手で必死で押さえたけれどもうどうしようも無い。ぼたぼたと押さえた手の隙間から止めど無く溢れ出す血。
壁に床に血、血、血。まるで映画みたいだ。
ふと中学生の頃仲良しだった咲子ちゃんから貰ったお気に入りのクッションに血のシミが付いてしまった事に気付いてとても悲しく思った。洗ったら落ちるかな?血って洗っても中々落ちないんだよね。そういえば咲子ちゃんと全然連絡取って無いな。元気にしてるかなぁ。
床に落ちたカッターナイフ。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
りかは小学生の頃から地味な子だった。名前はとっても可愛いけれど食べる事が大好きでとっても太っていてお洒落にも興味なんてなくて。クラスでも地味な子達の集団の中にいた。
りかは高校生になった。同じクラスになったりかと同じ中学だった子達は全然知らない子達ばかりな上、違う中学から来た子達が沢山いて入学式の日、人と話す事が余り得意で無いりかはとてもドキドキした。
一緒のクラスになった子にさゆりという子がいた。その子はとっても細くて可愛くて初対面なのに沢山の子達から話し掛けられていてとっても羨ましかった。さゆりはりかの理想になった。
その日、りかは誰からも話しかけられなかった。考えたく無いけれどとってもミジメだった。あんな風になりたい。あんな風に皆から沢山話し掛けられてみたい。
りかとさゆりとは全く接点が無かったのだけれど、ある日、
「ね、りかさん。このCD聞いてみる?」
突然話しかけられた。他の子に貸していたCDが返って来て持って帰るのが面倒臭くって何となく声を掛けたのだろう。りかはとってもビックリした。そうしてとってもとっても嬉しかった。
「え。いいの?」
「うん。とっても良い曲ばかりだから聴いてみて」
さゆりは笑って(普通に笑ったのだけれどりかにはとっても魅力的に見えた)CDが入った可愛らしい柄のナイロン袋を渡してくれた。
帰宅してドキドキしながら可愛らしい柄のナイロン袋をそっと開ける。りかは女の子グループの歌うアイドルソングが好きだ。何だか元気が出るから。さゆりが貸してくれたCDのは黒っぽくて何だか恐ろしい絵が描いてあるジャケットで聞いた事の無い人達の物だった。傷を付けないように大事に大事に蓋を開けてCDを取り出す。そうしてそっとCDコンポにセットする。さゆりから借りなければ絶対に聴く事は無かっただろうジャンルの曲だった。(何て言うジャンルの曲かは分らなかったけれど)世界の破壊を望んだり破滅的な事ばかりの暗くて怖い詩と旋律の曲ばかりだった。けれど憧れのさゆりに少し近づけたような気がしてとても嬉しくて何度も何度も何度も何度も聴いた。
こんな世界なんて滅んでしまえば良いのに。こんな世界からは消えてしまいたい。
何だかとっても格好良く思えた。
そんな時テレビのニュースの特集で自分で自分を傷付ける女の子達の特集をしていた。理由は、
「生きている事を確認する為だよぉ」
「リストカットってぇ死ぬ確率低いし」
「お手軽に自殺の気分が味わえるのが良いのよね」
「そうそう」
細くて可愛らしい少女達は笑いながらあっけらかんと答えていた。
何だかとっても格好良く思えた。
ある日りかは左の手首にカッターナイフをあてがってみた。一寸怖かったけれど皆やっている事だ。テレビでも死ぬ確率は低いって言っていたし大丈夫。軽く切る。痛い。血がプププと浮き出る。りかにはそれが何故生きている事を確認する事なのかは全然分らなかったけれど何だか良い方へ自分が変わったような気がして何だか嬉しくなった。
そうして詩を書き始めた。何がきっかけだったかはわからないけれど、多分たまたま立ち読みをした雑誌に投稿されていた作品からだったと記憶しているのだけれど。
こんな世界なんて滅んでしまえば良いのに。こんな世界からは消えてしまいたい。
選びに選んで買ったおどろおどろしいデザインのノートをそんな言葉でを埋め尽くした。詩の隅っこにはイラストも描いた。ナイフが刺さって血まみれになっていたり切り裂かれて中に詰められた綿が飛び出した可愛らしいキャラクター達。りかは図画工作が苦手でイラストを描くのはとても苦手だったけれど描くのは何だかとっても楽しかった。
「りかさん! その手首一体どうしたの?」
ある日クラスの中でも華やかな人達のグループの中の一人、恵から声を掛けられた。
「え」
りかは一寸ビックリする。あれから何度か手首を切った。いつも軽くしか切らなかったけれど後が残っていたらしい。
「あ……。これ……」
「恵、どうしたの?」
言葉に詰まる。恵のグループのメンバーが集まってくる。
りかは一寸困ったけれど、
「えっとね……。生きている事を確認したくて」
テレビの中の少女達が言っていた事をそのまんま答えた。
恵達はとても驚いたようで、
「一体何があったの?」
「私達に話してみなよ」
りかは初めて皆の話題の中心になった。それはとても気持ちの良い事だった。自分が今まで入りたいとどれだけ望んでも絶対に入れなかったグループの人達が自分の話を大真面目に聞いてくれている。その中にはりかの憧れのさゆりもいた。
さゆりも大真面目に話を聞いてくれた。凄い。凄い。凄い。凄い。凄い。何て凄いんだろう。
大した事じゃあ無かったけれど自分が悩んでいる事なんかを話した。それを皆大真面目に聞いてくれて大真面目に答えてくれた。
その日からりかは恵達のメンバーの一員になった。
りかは変わった。今まで足を運んだ事の無いファッション雑誌のコーナーへ赴いた。黒くてヒラヒラな服ばかり載っている雑誌を選んだ。その雑誌を隅から隅まで読んで今までコツコツ貯めていたお年玉やお小遣いを使って化粧と服なんか一式を全部買った。今までりかが着ていた服の何倍も何倍も高かったけれど雑誌に載っている通りにバッチリ化粧をして服を着て全身鏡の前でくるりと回るとまるで今までと違う自分に変身したようでとても気分が良かった。黒と白でヒラヒラの服。
恵達と遊ぶ時もその格好で出掛けた。皆、
「うっわぁ! さすがりかだね!」
「何だかダークって感じでスッゴク格好良いよぉ!」
「その服スッゴク高かったでしょ? 雑誌で見た事ある! 化粧もスッゴク格好良いー! どこで買ったのか今度教えてよ」
りかは産まれて初めて両親以外から容姿を褒められた。
詩を書いたノートも一寸恥ずかしかったけれど皆に見せた。
「すごーい! りかってさぁ才能あるんじゃない?」
「りかってそんなに世界にゼツボーしてるんだね……」
「うん。最近さ、何だか鬱病って感じでさ……」
りかは鬱病が具体的にどんな病気かは知らないけれど何だか格好良く感じたから何となく言ってみた。
「マジで? りかぁ大丈夫ぅ? あんまり酷かったらさぁ病院行った方が良く無い?」
「アー! あたしも何だか生きるのが嫌になって来たなァ!」
キャハハハハハ!
皆りかが書いた詩を大真面目に褒めてくれた。もちろんさゆりも。
ある日ふと目をやると恵の手首にも薄く傷があった。
何だかとっても嬉しかった。そうして何だか誇らしかった。
最初はりかの話に耳を傾けていた恵達だったけれど何にでも慣れはある。だんだんりかは話題の中心から外れて行った。それにメンバーの一人の真美子に好きな人が出来てその話題が中心になった。別に皆の態度が冷たくなったとかそういうんじゃあ無くて全然変わらず仲良しだったのだけれど。
傷が浅いからいけないのかもしれない。
皆の中心になりたい。ずっと皆の中心でいたい。
もっと目立ちたい。ずっと目立ちたい。
もしかして本気じゃあ無いと思われているのかも。(本気で死ぬつもりなんて全然無いけれど)
近所の文房具屋で新しいカッターナイフの刃を買って来た。いつも軽くしか切っていなかったから。
そう、リストカットは死ぬ確率は低い。
血が噴出す。まるで噴水のように。視界が真っ赤に染まる。りかは本気で驚いた。
時計を見る。お母さんとお姉ちゃんはまだ帰って来る時間じゃあ無い。携帯電話を探したけれど焦って見付からない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
怖いよ。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
手足がだんだん痺れて来る。感覚が無くなってくる。
死ぬ確率は低い。
低いって事は死ぬ事もあるって事だよね?でももう遅い。
皆が悪いんだ!ちゃんと私の話を聞いてくれないから。
何でお母さんとお姉ちゃんはまだ帰って来ないんだ!
ケータイは一体どこなのよもう!
死んじゃう。死んじゃう。私、死んじゃう。
何で私が死ななきゃいけないの?
腹が立つ! もう、本当に腹が立つ!
そうしてりかの世界は終わりを告げた。
お葬式。
りかの両親や親戚クラスメイト達が集まっている。
りかの大好きだった黒と白の世界。
「りか、世界にゼツボーしていたからさ、死ぬ事が出来て幸せだったのかもね」
恵が泣きながら言う。
「うん。死んで天使になって幸せになってるよ。きっと」
「りか最近鬱っぽいってずっと言っていたしさ。それが原因だったのかな。良い子だったのにね」
りかが詩を綴ったノートが発見されてこの世に絶望をして自殺したと断定された。
「さゆり、りかじゃなくてあんたが死ねば良かったのにねぇ」
恵が冷たく言い放つ。
「そうだよ。あんたって前からナマイキだしさ。話もツマンナイしさ」
さゆりがうつむく。
「世の中ってホント、リフジンだよねぇ」
さゆりはうつむいたまんまだ。
りかの憧れていたさゆり。
実はさゆりが影で皆に嫌われていた事を知る事はりかにはもう出来ない。
そうしてさゆりよりもりかの方が皆に好かれていた事を知る事はりかにはもう出来ない。
でもりかの望みは叶った。かなり長い間学校の話題の中心になれたから。地元番組だけれどテレビにだって映った。
「ねね、この学校ってさ、昔自殺した子がいるんだって」
「ええ? 本当?」
「何だか世界にゼツボーしたらしくってさ。それで死んじゃったんだって」
「ええ! それほんとにぃ? それってさぁ、単なる噂じゃないの?」
「ホントホント、だって私のお母さんがここの卒業生だもんね」
良かったね、りか。
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