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泥中の蓮

 雨がざあざあ降っている。
 最近では珍しい事だ。
 朽ち果てた町。
 道の真中で老婆が歌を歌っている。
 虚ろな表情小さな男の子(もしかしたら女の子かも知れない)が焦点の定まらない目で空を見上げている。
 どこからかけたたましい笑い声が聞こえる。
 どうでも良い。何もかも。

「馬鹿じゃないの? そんな訳無いじゃあ無いの」
「でも俺は君を愛しているしこれからもずっと一緒にいたい」
 女が笑う。
「ね、今の聞いた。物凄く笑えるんだけど」
 女の隣にずっと立っているひょろっと背の高い少女に向かって言う。少女は無表情のまんま何も言わない。
「私、この子と組む事にしたから。あんたとはもうやっていけないの」
「この子、とっても強いのよ。アンタと違ってね」

 無慈悲にドアが閉められる。
 呆然と立ちすくむ。

 又捨てられた。捨てられるのはこれで何度目だろう。
 混ぜ物だらけの安い酒瓶片手に濡れながら歩く。
 酒は良い。嫌な事を少しだけ忘れさせてくれる。
 
 濡れた石畳に足を滑らせて思い切り転ぶ。
 体中がびしょ濡れになる。
 酒瓶が割れる。
 痛いのと情けないのと寂しいのと色々な気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って涙がこぼれる。
 無理矢理気力を振り絞って立ち上がる。

 ふと目をやると、道の片隅で少年が濡れるのも構わず無気力に座っている。
 別に珍しくも何とも無い光景だけれど何だか違和感を覚える。酔った頭で理由を考える。(別に考える必要なんて無いのだけれど。)
 廃棄物集積所と書かれた薄汚れた看板。色々なガラクタの中に座っている。
 何故こんな場所に?何となく興味を引かれて近寄ってみる。そうして理解する。
 ああ、この少年は人間じゃあ無い。ロボットだ。
 壊れたから捨てられたんだな。でもロボットを捨てるのには許可が必要だしお金がいる筈なのに。良識の無い奴がいるもんだな。
 余計な事を考えてみたりする。

 何となく少年に手を差し伸べてみる。
 少年が顔を上げる。完全に壊れていると思っていたのに。焦点の定まらない虚ろな目。
 少年が俺の手をそっと掴む。
 手を引いて少年を立ち上がらせる。そのまんま雨に濡れながら安宿へと戻る。
「おかえりなさーい。」
 ボソボソとやる気の無い声。宿主は雑誌を読むのに夢中でこちらには目もくれない。
 
 部屋。
 濡れた服を脱ぎ捨てて少年の手を引いて薄汚れた風呂場へと連れて行く。切れ掛けた電球がチカチカと瞬いて目障りだ。宿主に取り替えてくれと何度頼んでも取り替えて貰えない。金を払って借りている部屋なのに。腹が立つけれど仕方が無い。少年の薄汚れた体を洗ってやる。全然動かない。少年を洗い終える。自分の体を洗う。
 さっぱりした気持ちで少年の手を引いて部屋へと戻る。少年に渇いた服を着せてやる。
 
 最近ではロボットと組んで仕事をする奴も増えた。
 ロボットはとても強い。危険な仕事も出来る。だから普通の人間と組んで仕事をするより遥かに儲かる。
 でもロボットはとても高い。金と力のある奴だけがロボットを手に入れる事が出来る。そうして又金と力を身に付ける。
 
 貧乏人は一生貧乏人のまんまだ。

 俺は貧乏でも良いからつつましく暮らしたいだけなのに。
 思えば子供の頃からずっと捨てられっぱなしだ。
 
 少年を連れて旅を続けた。

 別に付いて来いと言った訳じゃあ無いけれど俺の後を付いて来る。ただそれだけだ。何も喋らないし何もしない。仕事をする時は宿屋に置いておいた。俺は少年に何も言わなかったけれど何日も掛かる仕事の後宿屋に帰ると少年はどこにも行かずに帰りを待っていてくれた。壊れていてどこへも行けないだけかも知れないのだけれど何だかとても嬉しかった。

「まだそんな旧式のを使っているのかよ」
 少年を連れて入った場末の酒場で声を掛けられる。気の良さそうな中年だった。
「ああ、そうだよ」
「な、これって壊れているんじゃ無いか?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ捨てれば良いのに。その型は燃費も悪いだろう。修理するよりも新しいのを買った方が断然安いぞ」
「ああ、そうだな」
 中年の男は笑いながら言う。
 少年は何も言わない。
 
「スッゴイボロ。処分代の方が高くつくかもね? キャハハハ!」
「金ばっかり掛かるだろう? その辺に捨てておけば良いんだよ。何、夜中にこっそり捨てれば良いんだよ。なぁに、ばれやしないからさ」
「そもそも仕事の邪魔になるだろうよ? 何かどうしても捨てられない理由があって連れているのかぁ?」
 いろんな土地で、色々言われた。
 少年は何も言わない。そうして俺も何も言わない。

 強力な武器を買おうと思ってコツコツ貯めた金がある。けれど少年を修理する為に使おうかな。と考えるようになった。

 機械類・ロボットの修理致します。安心・丁寧。
 普通の民家に下手糞な字で書かれた看板。中には老婆が一人。
 
「こんなに乱暴に使うなんてよっぽどだねアンタ」
 老婆は口が悪かった。
 少年を台の上に乗せて一見粗っぽいようだけれど丁寧に検査をしている。
「修理してまで使うつもりだったんならもっと丁寧に扱えば良いのにねぇ」
「はい、すみません」
 何となく捨てられていたのを拾ったとは言えなかった。
「どれ位で修理出来ますか?」
「そうだねぇ。何せ型が古いだろ? 部品を取り寄せたりしなきゃあならないからねぇ。一ヵ月位か……ねぇ」
 俺は値段を聞いたつもりだったのだけれど期間を教えてくれた。
 老婆はとても口が悪かったけれど決して捨てれば良いのにとか新しいのを買った方が良いとは言わなかった。
 
 その間安宿を借りて安全だけれど余り金にならない仕事をし続けた。
「あんた若いのにもっと良い仕事あるだろう? どこか体が弱いのかい?」
 何度も聞かれた。
「はい。一寸……」
 いつも適当に答えた。
「一寸危険だけども、もっと金になる仕事紹介してやろうか?」
 何度も言われた。
「いえ、自分の腕に自信が無いので……」
 いつも適当に答えた。
 余り金にはならないけれど確実に金になる仕事ばかり選んだ。とにかく死んだり怪我をする訳にはいかなかった。

 約束の日。
「今日は」
 足りなかった分はちゃんと仕事をして稼いだ。
「あぁ、いらっしゃい」
 老婆は優しく微笑む。
「お金、準備出来ました」
「ああ、そうかい。綺麗に修理出来たよ。どうしても手に入らなかった古い部品があってねぇ新しい部品をかなり使っちまったから少々バージョンアップしちまったけれど完璧だよ」
 老婆が奥の部屋へ行く。
 部屋の奥から少年が出て来る。焦点のしっかり合った目で俺の目を見る。

 支払いを済ませる。
「まぁ、又調子が悪くなったらいつでも連れておいで」
 
 少年が俺に向かってゆっくりと手を差し伸べる。
 俺はぎゅっと少年の手を握り返す。ロボットには体温なんて無い筈なのに何だかとても暖かく感じる。
 「あの」
 恥ずかしそうに少年が言う。初めて聞く声。最新型とは違って機械音が混ざったザラザラとした声。とても魅力的な声。
 何か言いたそうだけれど中々言い出せないようで。
「何だ? どこか調子が悪いか?」
「いえ、違います」
 黙り込む。
 ?
 俺の手を握る少年の手にぎゅっと力が込められる。
「あの。……。名前、付けて下さい。あなたに名前を付けて貰いたい」

トラベルミン