時間の無い牢獄
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目を開けると。知らない場所にいた。 見渡す限り闇、闇、闇。 何だ? 足元を見る。コンッと蹴ってみる。コンクリートのようでコンクリートじゃ無い材質。背の高い人間が一人寝そべれそうな位の直径の完全な(恐らく)円形。 何だ? 闇の中に円形の部屋? が浮いている? 何だ? 部屋を見渡す。 部屋の隅の方でで誰かがボロボロの毛布を頭からかぶって眠っている。 一人じゃあ無い事に安心する。 何だ? 何だ? 何だ? 俺は一体どこにいたんだっけ。 俺は一体何をしていたんだっけ。 …………。 俺は一体誰なんだっけ。 今さっきまではっきり記憶していた事をどんどん忘れていってしまう。考えれば考える程記憶が失われてしまう。気付いた時にはもう遅かったようで。 俺は少し抜けていたんだったっけ。 思い出せない。 不安になる。 「あの」 眠っている人(である事を祈りながら)に声を掛ける。 ぴくりとも動かない。 「あの!」 不安になる。 眠っている人(である事を祈りながら)に声を掛ける。 不安になる。不安になる。不安になる。 「あのッッッッッ!!!!!」 ほとんど絶叫に近い声。 毛布がぴくりと動く。 「?」 毛布のを跳ね除けて少年が起き上がる。(人である事に安心する) 少年に何だか少し違和感を感じる。自分とは何か微妙に違う。 「……アンタ、何でここにいるの?」 キンキンと頭に響く声。 「ここはどこですか?」 不安でたまらない。 「?」 「どこっ……て言われても……なァ」 「アンタ……何かやったの?」 少年は髪の毛を整えながら言う。少年の髪の毛は(多分)見た事も無い色彩をしている。 目の色も肌の色も何だか違う。どう違うと言われたら説明に困るのだけれどとにかく何かが違う。 小さな頭に細い手足。 「……何って?」 「ここ、監獄」 何だ? 「ここ、確か独房なんだけど。なんでアンタここにいるの?」 何だ? 何を言っているのかさっぱり分らない。 「気付いたらここにいたんだけど……」 「何か物凄い事やった?」 「多分、やってないと……思うんだけど」 「どこから来たの? 何をしていたの? 名前は?」 キンキンと頭に響く声。 「思い出そうとしたら、全部忘れた」 「何ソレ」 少年が笑う。 「僕は罪を犯したからここにいるんだけど。アンタ本当になにもやらなかった?」 「そんな度胸は無かったと思う」 少年が笑う。 「僕がやった事を教えてやろうか?」 少年が笑う。 「嫌、いいよ。それよりもここは一体どうなっているんだ?」 「聞きたく無いの?」 「これ、どうやって浮いているんだ?何でこんなに真っ暗なんだ?」 「聞きたく無いの?」 「ここから落ちたらどうなるんだ?」 「……何も無くなるよ。でも落ちられないよ。それよりも僕がやった事聞きたく無い?」 「どれくらいここにいるんだ? 食事や排泄は?」 「……あーー。ここ、時間無いから。お腹も空かないし。排泄もしたくならないよ。それよりも僕がやった事本当に聞きたく無い?」 少年が笑う。 怖い。 「何だか怖いから遠慮しておく。」 「なァんだー。つまんね」 「いつからここにいるんだ?」 「ずっと前か。」 「いつまでここにいるんだ?」 「何かずっと出られないっぽいよ」 「こんな所に一人でいて寂しく無い?」 少年は大笑いした。 「何だそれ」 「寂しいって思ってそれで一体どうなるんだ?」 押さえているようだけれど少年の語気が少し荒い。残酷な質問をしてしまったようだった。 「ごめん」 「はぁ? 何で謝るの?」 更に残酷な事を言ってしまったようだった。 俺は黙った。何をして良いか分からず取り合えず床に座る。少年と同じ目線になる。不思議としか表現しようのない色の瞳。綺麗だな。と思った。 「アー、アンタ、間違ってここに来てしまったんだね」 少年は喋りたくてたまらないようだった。 「そんな事があるのか?」 「何か、外にいる時に噂で聞いた事がある」 「外ってどんな所?」 「サイテーな所ォーー」 少年はクックッと笑う。 「ここの方がずっとマシだよ。あんな所にいる位ならね」 「あいつら全員ブチ殺してやった。とっても残酷な方法でね。どうやったら物凄く苦しませて殺せるかなァーって毎日毎日毎日毎日毎日考えていたよ。考えている間だけは楽しかったな。その位サイテーな所だったよ」 「そっか」 何も答えられない。 「ね、もうちょっと、そっち行っていい?」 少年が毛布を持って立ちあがる。物凄く細くて小さい。 「いいよ」 少年は俺の真横に来て体をピッタリとくっつけて座る。毛布をバサっと俺と少年の膝に掛ける。 「嫌じゃ無い?」 「嫌、全然。」 少年が俺の腕に腕を絡ませる。 「嫌じゃ無い?」 「嫌、全然」 「あ、名前、何て言うんだ?」 「発音、出来ないと思うよ?」 「でも、一応。もしかしたら発音出来るかも知れないし」 やっぱり発音出来なかった。無理矢理発音したら少年が大笑いした。 「でも、大体こんな感じだろ?」 何だかちょっとムっとして言い返す。 「全然違うじゃん」 大笑いしながら少年が言う。 「あんたの名前は?」 「忘れた」 「教えたく無い?」 「嫌、本当に忘れたんだよ」 「どうしても教えたく無い? 僕が犯罪者だから?」 少年の腕に力がこもる。 「嘘なんか言わないよ。ここに来て、色々思い出そうとしたら全部忘れた」 「何だそれ」 「俺にも全然わからないよ」 「そっかぁ……」 少年の腕に力がこもる。 「ここから抜け出す方法とか無いのか?」 「んーー。聞いた事無いなァ」 「出所した奴の噂とか聞いた事無いのか?」 「ここに入れられたら出所なんて無いよ?」 「死ぬまでここにいるのか?」 「あーー。だからここには時間なんて無いんだって」 …………。 「この真っ暗な所へ飛び降りたらどうだろう」 「だから落ちられないんだって」 「何故? 別に壁とか無いみたいだし」 「何も無くなるよ? そう聞いたよ?」 少年の腕に力がこもる。少し震えている。 腕を抜いて少年の肩を抱いて引き寄せる。物凄く細くて小さい。 「あ……あのさ。僕の事気持ち悪く無いの?」 「何で?」 「だって下等種族じゃん」 「……何それ」 どれ位時間が経ったんだろう。少年は俺の真横で体をピッタリくっつけて眠っている。特に何をするでも無く二人で過ごす毎日。この少年は長い間こんな所に一人でいたんだろうか。だとしたら凄い精神力だ。俺にはとても耐えられない。 「ずっとこうやって過ごしてきたのか」 限界だ。もう俺には無理だ。胸を掻き毟りたくなるような焦燥感。 眠っている少年を抱えあげる。 部屋だ。 「何だソレ。変な名前だなァ」 |