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中学生日記

 力ずくで頭を校舎の壁に押しつけられる。
 ガツンと頭の中で音がする一寸クラクラする。
「いいから、もっと、金持って来いよ」
 薄ら笑いを浮かべながら右手で私の頬をパシパシと張る。眼鏡がずれる。一体何様のつもりなんだろう。
「そーだよ。これっぽちじゃあ何も出来無いだろ?」
 凄んでみせながら私のお腹に膝で蹴りを入れる。痛い。
 長田さんと山崎さん。今までに渡したお金は合計三万五千六百円。中学生にしては多い金額だと思うのだけれど。一体何に使っているんだろう。
 丁度一ヵ月前から私は長田さんと山崎さんのいじめのターゲットにされた。
 それまでいじめのターゲットにされていた岡野由香里さんが自殺したから。

 岡野さんは私と全く正反対の子だった。
 女の私から見てもとっても可愛らしい顔立ちをしていて小さくっていつもにこにこしていて誰にでも優しくて友達が沢山。
 噂で聞いたのだけれど彼女は自宅で首を吊って死んだらしい。ノートに長田さんと山崎さんへの恨み辛みが書いてあったらしく二人は警察へ行ったらしいのだけれどそれからどうなったのか詳しい事はわからない。もしかしてこの話には続きがあるのかも知れないけれど友達のいない私にはそれ以上の事は伝わって来なかった。

 岡野さんと一番の仲良しだった石川さんがしばらくして何故か転校した。多分岡野さんが自殺した事と関係があるのだろうけれどこれも詳しい事はわからない。
 
 岡野さんさんが自殺してしばらく経ったある日、音楽室へ行く途中長田さんと山崎さんと廊下ですれ違った。
 すれ違った瞬間、二人が小さな声でこそこそと何かを言っていた。ククク。と声を押さえた笑い声。何だかとても感じが悪い。何なんだろう。
 次の瞬間、
「おい、お前!」
 三つ編みの片方を思いっきり引っ張られた。反動で眼鏡がずれる。
「痛ッ!」
 本当に突然だったから思わず悲鳴をあげてしまった。情けない。
「今あたし達の事をにらんだだろ」
 私は地面を向いて歩く癖がある。
「にらんで無いよ?」
 正直に答える。
「にらんだだろッ? それとも何か? あたし達が嘘を言っているって言うのかよ」
 三つ編みを引っ張る手に力がこもる。ブチブチブチと髪の毛の抜ける音がする。
 皆知らん振りでそそくさと通り過ぎて行く。まぁ普通に考えて関わり合いたくは無いよね。
「あたし達に、何か言いたい事でもあるのかよ?」
 何て汚い言葉。
 まじまじと二人を見る。だらしない雰囲気。金に近い茶色いまだらの髪の毛。(間違い無く自分で染めたんだろう)生え際が黒くなっていて凄くみっとも無い。ぶ厚い化粧。甘過ぎる香り。二人共雰囲気がとても良く似ている。汚い手で触らないで貰える?
「……無いよ。」
 突然の衝撃。お腹を思いっきり蹴られた。痛い。思わず吐きそうになる。
「ありません。だろ? お前何タメ口使ってんだよ」
 二人と学年は同じなんだけれど。
「お前B組の絹江だっけ?」
「今からお前の名前はブスエだから」
「アッハ。そっちの方がお似合いー。だって本当にブスだからー。ピッタリじゃん」
 まぁね。自分の事は良く知っているよ。山崎さんは結構可愛い顔立ちをしていると思うの。でもね、長田さん。絶対あなたよりはマシだと思うのよね。
 
 それからの毎日は本当に地獄だった。岡野さんが死を選んだのも納得する事が出来た。
 私は二人の奴隷にされた。山崎さんがはっきりとそう言った。
「ブスエ、あんた、今日から私達の奴隷だから。逆らうの無し。ね?」
 三つ編みの片方を引っ張りながらそう言われた。山崎さんは三つ編みを引っ張るのがとてもお気に入りなようだった。
 殴る蹴るは当たり前。
「泣けよ」
 泣かない。
「何で泣かないんだよ」
 泣かない。
「悲鳴をあげろよ」
 あげない。
「やめて下さいって言えよ」
 言わない。
 それが彼女達の怒りを更に煽ってしまったようだった。
 体操服をカッターナイフでビリビリに切り裂かれた。カバンをヘドロまみれのドブ川へ捨てられた。教科書を破られた。煙草の火を太ももに押しつけられた。皆の見ている前で排泄をさせられた。他にも色々沢山。全く、良く思い付くよね。
 そうして……。
「ブスエー。この髪型一寸ダサ過ぎ無い?」
 いつものように三つ編みを引っ張りながら山崎さんが言った。
「そうだよなー。今時三つ編みは無いよなぁ?」
 山崎さんがポケットからハサミを取り出す。
「あたしが格好良くしてやるよ。」
 ジャと言う音がした瞬間、ポトリと三つ編み片方が地面に落ちる。
「ブスエー。一寸はマシになったじゃん。モードって感じじゃん?」
「アハハ」
「ねぇ……。これ、家に帰ったら何て言えば……良いのですか?」
「ウフフ。親や先生に言いつけても無駄だよ。うちの親、ハート・インダストリアルのお偉いさんなんだから。逆らったら酷い目に合うんだからね? お前も聞いた事位あるだろ?」
 長田さんが誇らしげに言う。でもね、親が偉いんであってあなたが偉いんじゃあ無いでしょう。
 …………あ、なるほどね。色々理解した。岡野さんの事、石川さんの事。二人が今ここにいる事。
「分かりました」
 そう。色々とね。

「おい! 又これっぽっちしか無いのかよ」
「いいかげんにしろよ。ブスエー?」
「あ! そうだ、お前も一応女なんだからさ、身体売れよ。今から男呼出してやるからさ」
 携帯電話を片手に長田さんが言う。
「…………。私、携帯電話持ってるし自分でやります。お金は明日まで待って下さい」
 次の日いつもより大金を渡した。
「へーぇ。お前でもヤリたい男っているんだァ。良かったじゃん。岡野と違ってブッサイクなお前とヤリたい男がいるなんてマジで奇跡だなぁ」
「そうそうあたし達に感謝して欲しい位だよ。じゃなきゃ一生ヤル機会なんて無かったと思うぞぉ?」
 渡したお金は私が小さな頃からコツコツ貯めていた物。
 これで合計九万八千五百円。

 正直ずっと平気な顔をしていたけれど辛かった。学校へ行きたく無かった。でも私の家はとても厳しい。苛められているだなんて格好悪くて言えない。死のうと思って腕を切ろうとした事もあった。でも痛くて途中で辞めてしまった。それを長田さんと山崎さんに見付かって大笑いされた。岡野さんみたいに首を吊ろうとした事もあった。木製のカーテンレールにナイロンのヒモを引っ掛けて首を吊ろうとした。でもカーテンレールが壁から抜けて大失敗した。大きな音に驚いて家族が部屋に来る前にヒモを隠すのと良い訳に物凄く頭を使った。

 でもね、色々わかったからね。もうそれも終わりだね。

「ね、長田さん、山崎さん、私の家に遊びに来ませんか? 私の家って地下室があるんです。だから大騒ぎしても大丈夫なんですよ。」
「ハァ?」
 放課後。
「カラオケセットとか大きなテレビとかあるんですよ。お菓子も沢山買っておきましたしジュースも色々ありますよ」
「ブスエん家って地下室があんの? スゲーじゃん」
「そうだなぁ。仕方無いから行ってやるよ」
「こっちこっち」
 学校の裏門へ二人を導く。手入れの行き届いた黒く光る大きな車。
「あの車です」
 二人は後部座席に乗り込む。
「うわっ。シート、フッカフカじゃーん」
「スッゴ。ブスエん家ってェー。もしかして金持ちなのかァ?」
 運転手が私の方をちらりと見る。私はコクリと頷く。
 
 地下にある駐車場へのシャッターが開く。車が入る。シャッターが閉じる。真っ暗になる。明かりが付く。
「こっちです」
 地下から地上へと続く階段を昇る。
 ドアを開けるとそこは玄関。
「いらっしゃいませ」
 和装の母。
「良く来てくれたね。待ち兼ねていたんだよ」
 笑顔の父。
「今日は」
 上品に微笑む姉。
「ようこそ」
 同じく上品に微笑む兄。
 二人は呆気に取られている。

「私、先にご飯食べて来るから準備をしておいて」
 カバンを姉に預けて台所へ向かう。
「ええ。分かったわ。なるべく早くね」

「長田さんと……山崎さんでしたよわよね? うちの娘と仲良くして下さっているそうで……。どうも有難うございます」
 上品に微笑みながら二人に語り掛ける母の声を後ろに台所へと向かう。ああ、お腹空いた。これから体力を使うから沢山食べなきゃ。

 顔を洗って歯を磨いて制服のまんまリビングのソファーでのんびりしていると、兄がやって来た。
「準備が整ったぞ」
「はーい」
「それと、これ」
「何これ」
「見たら分かるよ」
 なるほどね。
「有難う。」

 地下室へ続く長い階段を降りる。フゥ。本当の所一寸面倒臭いなぁ。趣味じゃ無いなぁ。
 重たい鋼鉄製のドアを開ける。手入れが行き届いているから軽く開く。
 全面青いタイル張りの大きな部屋。部屋の所々には排水溝。
 二人はガッチリと拘束されて冷たいタイルの床に放り出されている。口にはガムテープ。二人共とってもとってもマヌケな表情をしている。思わず笑ってしまった。この部屋には何台ものカメラが仕掛けてある。皆見ているんだろうな。
「音は切ってよね」
 大声で言う。
「そうは行かないわよぉ。だって音声が入って無かったら売り物にならないでしょう?」
 姉の声。
「えー! 切ってよ。」
「駄目」
「じゃあ、やらないから」
「今更何を言っているのよ」
「お父さんとお母さんもそこにいるのよね?」
「ああ、いるよ」
「ええ、いますよ」
 二人の声。
「癖、治ってないの。怒らない?」
「絹江ちゃん。癖ってなぁに?」
「…………。喋る時の癖なの。」
「……まぁ……。あれ程言ったのに。仕方無いわねぇ」
「……怒らない?」
「怒らないように母さんに言っておくから。気にせずにやりなさい」
 父さんの笑い声。
「もぅ父さんってば絹江ちゃんには甘いんだから」
 母さんの笑い声。
「分かった。じゃあ、やるね」

 色々な道具が小さなステンレス製の机の上にギッシリ並べられている。自分の家にこんな物が沢山あるとは驚いた。
「どっちからやろうかな。」
「やっぱり長田さんからかなぁ?」
 長田さんの方を向いて言う。
「だって、長田さん。あなたってぇ私よりも随分不細工な癖に私の事をブス扱いしていたもんねぇ。」
 色々な道具から細くて長い包丁を選ぶ。
「客観的に見てあなたの方がどうみても不細工だよ? ブスダさん」
 アハハ。
「やっぱりこれかな。他のってどうやって使うのかぁ良く分からないしぃ」
 長田さんを部屋の真中へ引きずって移動させる。排水溝のすぐ前だ。
 山崎さんを長田さんが良く見える位置に移動させて壁を背に座らせる。
「そこで良く見ててねぇ。順番だからねぇ」
「あ。でも、見てるだけじゃぁ退屈だよねぇ」
 兄から渡された大きなビンを山崎さんの目の前にかざす。中にはミミズが一杯。セーラー服の襟を開いて頭からバラバラと振り掛ける。制服の中にも沢山入る。
 山崎さんが首をブンブン振りながら声にならない声をあげる。
 アハハ。
「どうしたのぉ? 変な山崎さん。まぁ、待っててねぇ」
 長田さんの元に戻る。
「麻酔、効いてるから痛くは無い筈だよぉ。良かったねぇ。試してみるねぇ。痛かったら言ってねぇ」
 長田さんの腕を包丁の切っ先で本の少し撫でる。プププと血が浮く。
「ね、痛く無いでしょぉ? 私ってぇ、優しいからぁ、麻酔しておいてねって父さんに頼んでおいたのぉ」
「さ、始めようかぁ。」
「長田さんはぁ、私のお腹何度も何度も蹴っ飛ばしてくれたよねぇ。痛かったぁ。何度も吐いたんだよぉ。苦しかったんだよぉ。二人共ぉそれを見て笑ってたよねぇ。内臓がぁおかしくなってたらどう責任取ってくれるのぉ?」
 長田さんのお腹に包丁をズブリと突き刺す。
「ね、痛く無いでしょぉ? 血は一杯出るけどねぇ」
 包丁を抜くと大量の血と一緒に長田さんのお腹の中の内容物がポンと飛び出した。
「わぁ」
 長田さんが吃驚した顔をして首をブンブン振っている。
「中味が飛び出したねぇ。腹圧って奴なのかなぁ?」
 恐る恐る一寸触ってみる。ふよふよとした手触りがして生暖かい。
「生暖かいよぉ。気持ち悪ぅい。臭いしぃ」
 用意してあった臭い消しのスプレーを長田さんに向かって吹き付ける。
 首をブンブン振りながら私の方をキッとにらみ付ける。思わずカッとなる。
「何ぃ? 何にらんでるのぉ? いいかげん、腹立つんだけどさぁッ!痛くないようにやってあげてるのにその態度は何なのぉッ!」
 思わず声が荒くなる。内容物をズルリと引きずり出す。理科で習ったけれど腸ってとっても長いんだっけ。長田さんの血にまみれながらズルズルと引きずり出す。生暖かくてぬるぬるしていてとっても気持ち悪いんだけれど途中で辞めるのが何だか惜しい感じがして。だって出しても出しても終わらない。思わず立ち上がって両手一杯に広げてみる。そうしてくるりと回る。
「凄ぉぉぉぉぉぉい。長ぁぁぁぁぁぁい。人体って不思議だねぇ。長田さん理科の授業ちゃんと受けてたぁ?」
 山崎さんの方を見る。
「ね、見てよぉ。凄いと思わない。こぉぉぉんなに長いのぉ。吃驚だよねぇ。山崎さんは理科の授業ちゃんと受けてたぁ?」
 山崎さんの顔は涙でグシャグシャになっている。
「あれぇ。何で泣いてるのぉ? あーもしかして感動の涙? いつものぉえっらそうな態度はどこへ行ったのかなぁ。変な山崎さん。」
 アハハ。
 立ったままどんどん引きずり出す。まだまだ、まだまだ出てくる。魔法みたい。
「凄いねぇ。終わりが無いのかなぁ。」
 引きずり出した内容物を長田さんの首に幾重にも捲いてあげる。
「いつもしてる下品で安っぽいネックレスよりぃこっちの方がずっと綺麗だよぉ。」
 アハハ。
 カランと包丁を投げ捨てる。
「じゃ、次ぃ」
 スカートをモモまで上げる。
「足にぃ煙草をぉ何度も押しつけてくれたよねぇ。痛かったぁ。これって跡消えるのぉ? 冗談じゃあ無いんだけどさぁ」
 ライターに火を付ける。
「んーどこが良いかなぁ」
「おい!」
 突然父さんの声。思わずドキっとする。
「その煙草の話は本当か!」
 あ、言って無かったんだっけ。
「うん。本当だよぉ。モモの間にぃ沢山あるのぉ」
「焼き殺せ!」
 父さんが怒っている。
「えー。一気に殺すのぉ?」
「今ガソリンを持っていってやる。焼き殺せ」
 父さんが怒っている。
「んーこれって整形とかで治るんだよねぇ?」
「……ああ。そうだなぁ。治るなぁ」
 長田さんは真っ青になっている。血が沢山抜けたからか焼き殺されるのが怖いのか。
「助かったねぇ」
 長田さんに向かってウインクする。
「父さんってやるって言ったらやる人だからぁ。危なかったねぇ。私って優しいでしょぉ?」
 長田さんの耳元で囁く。
「やっぱり同じ所かなぁ。」
 長田さんのスカートを捲り上げる。
 …………。
「やだー。汚いー。中学生にもなってぇ。おもらしなんて最低ッ!しかもこの下着の趣味何ぃ?下品過ぎぃ。信じられないしぃ」
「ねぇーお姉ちゃん見てるぅ?」
「勿論、見てるわよ」
「ちょっとこの下着凄過ぎない? こんなのどこで売ってるのぉ?」
「育ちが悪いんでしょ。そんなの売ってる場所、知らない。どうせ安っぽい下品な店なんでしょ。私達には一生関係の無い場所よ」
 あっさり切り捨てる。なるほどね。納得。
「じゃあ焼っくねぇ」
 私が煙草の火を押しつけられた場所へライターを近付ける。肉の焦げる嫌な臭いがする。
「くっさぁ。臭過ぎるぅ」
 臭い消しのスプレーを長田さんに向かって吹き付ける。実はこれは個人的に用意しておいた物なんだけれどこんなにも役に立つだなんて全然思って無かった。スプレーを吹き付けながら足をあぶり続ける。本当に臭い。甘い臭いとおしっこの臭いと血の臭いと内臓の臭いと肉の焦げる臭いと他にも色々混ざった匂い。
 ふとある事を突然思い出した。
「あ!お母さん聞いてーーーーーーッッッッッッ! お父さんもだけどぉ! こいつらねぇ! あたしに売春してお金作って持って来いって言ったんだよぉ!酷いと思わないぃッ?」
「……まぁ。」
「殺せ!」
 父さんが怒っている。
「まぁまぁ、お父さん落ち付いて。じゃあ、絹江ちゃん。まだ早いかしらと思ったのだけれど……。お土産を持って行くわね」
 お土産?何それ。
 しばらく待っていると兄と母が重たそうな風呂敷包みを持って部屋へと入って来た。
「全く何て下品な子達なのかしら……。全く嘆かわしいわねぇ。お兄ちゃん。お土産を置いてさっさと部屋を出なさい」
 兄と母が風呂敷包みを床に置く。兄が部屋から出て行く。
「まさか絹江ちゃん。……その、売春を……したんじゃあ無いでしょうね?」
「まっさかぁ。してないよぉ。する訳無いじゃん。お金はお小遣いとお年玉をずっと貯めてた貯金から渡したもん」
「それにねぇ。私達に感謝して欲しい位だよ。じゃなきゃ一生ヤル機会なんて無かったと思うぞぉ? って言われたのぉ! 酷いと思わないぃ?私ってそんなに魅力が無いのかなぁ。不細工なのかなぁ」
 わざと母の怒りを煽る。
 アハハ。
「そんな事無いわよ。絹江ちゃんはとっても可愛いわよ」
 上品で優しい笑顔。
「少なくともブスダよりはね。山崎さんは可愛いと思うけどぉ」
 アハハ。
「あら。そんな事無いわよ。一寸待ってて」
 姉の声。
 何だろう。
 母が長田さんに近付く。着物の袖を肩までたくし上げる。
「子供のいたずらにしては……酷いわね? やりすぎたわね」
 そう言って長田さんの下品なパンツを引きずり下ろす。
 ?
 長田さんの膣の中に腕を思いっきり突っ込んだ。そこから血がどくどくとあふれ出る。母がずるりと手を引きぬく。手の中には何か赤い塊。それをポイと床に投げ捨てる。一体何だろう。
「あそこにいる子も同じように言ったの?」
「ウン!そう!」
「そ」
 母が山崎さんに近付く。山崎さんの顔色が変わる。

 お土産って何だろう。風呂敷の結び目を解く。二つ共中に若い男の首が入っていた。? 何これ。
 持ち上げようとしたら思ったよりも重たくて。風呂敷のすそを引きずって長田さんの前に並べる。
「ねぇねぇ。長田さん。何寝てんのぉ? 全然痛く無いでしょぉ? たぬき寝入りぃ?」
 長田さんの身体はピクリピクリと痙攣している。パシパシと長田さんの顔をはたく。
「ねぇねぇ。これって誰だか分かるぅ?」
 長田さんの目がカっと見開かれる。
「知り合いぃ?」
「ねぇねぇ山崎さぁん。この人達ってぇ二人の知り合いなのぉ?」
 山崎さんの股間から血があふれ出ている。母の腕が真っ赤に染まっている。そうしてやっぱり手の中には赤い塊。一体何だろう?綺麗な着物が血で少し汚れている。血って洗っても中々取れないんじゃあ無かったっけ。勿体無いなぁ。
「ンー!ンー!」
 山崎さんの顔が驚きに見開かれる。
「……?」
「お二方とお付き合いされている方々よ。ああ。お付き合い、されていた。ね」
「あー。なるほどぉ。二人の彼氏かぁ。どっちがどっちなのぉ」
 もう面倒臭くなった。山崎さんの口を塞いでいるガムテープを剥がす。
「く……邦夫……邦夫……。嘘……」
「どっちぃ?」
「み……右……。」
 その首を思い切り蹴飛ばす。
「や……やめて……。やめて……。やめて……」
 アハハ。
「順番だからぁ。山崎さんはぁもう少し待っててよぉ。しっかし二人共男の趣味悪いなぁ。ブッサイクだしぃ。どう見てもチンピラだしぃ。モテるんでしょぉ? だったらぁ、もう一寸選べばぁ?」
「お待ちどう様」
 姉が部屋に入って来る。
 手に化粧品?とタオルを持っている。
「見ててね」
 長田さんの顔に化粧品?を振り掛ける。
「何それ。油?」
「そう」
 長田さんの顔一杯に伸ばす。しばらくしてタオルで拭き取る。
 …………。
「うわ……」
「こっちもやってみよっか」
 山崎さんの顔にも同じように油を振り掛ける。
 ………。
「うわーーーーーーッ!」
 本気で驚いた。
「かッ………顔がぁ全然違うぅ。スッゴイブス! ありえなぁぁぁい」
「ね、絹江の方が断然可愛いわよ」
「ブスがブオトコと付き合ってたって訳かぁ。こんな顔をしていて良く人の事をブスエだなんて呼べたなぁ。ブスサキさぁん? ブスサキさんの顔ってぇ地味過ぎなぁい。全然覚えられなぁい。そんな顔をして良く彼氏なんて出来たねぇ。奇跡的ぃ! 神のミラクルって奴だぁ!」
「邦夫……邦夫……」
 あー。もう!面倒臭い。自殺未遂をした事も言おうかな。と思ったけど面倒臭い事になりそうだから辞めた。
 もう一度首を蹴飛ばす。
 
「長田君はうちの社員だったよ。結構重役だったんだね。岡野君と石川君が突然会社を辞めたのにはそういう理由があったんだね。長田君について調べてみたらね、会社の大切なお金を横領をしていたんだね。」
「ふーん」
「で、どうしたの?」
 髪の毛は短い方に合わせて今風のボブカットにした。
「岡野君はね、山奥で奥さんと車の中で自殺していたよ。」
「……」
 父さんは私の質問には答えなかった。
 あの二人は四人もの人間を殺した事になる。
「それでーその車にー長田パパと山崎パパを乗せてガケから落として爆発炎上ー。娘の復讐劇完了ー」
 姉が横から口を挟む。
「えー。殺す事無かったのにぃ」
「だって、殺して下さいって頼まれたから。頼まれたんじゃあ仕方無いからね。それと山崎君にはね小さな娘さんがいるんだね」
「ふーん」
 何か良く無い意味が含まれた言葉なんだろうけれど取り合えず私には関係無い。
「石川さんは?」
「呼び戻したよ。優秀な人物だったからね。突然辞めると聞いた時はどうしたのかと思ったけれどそういう理由があったんだね。もっと色々厳しくしないといけないなぁ」
「石川さん学校に戻って来るんだね」
「あ、そうだぁ。長田さんと山崎さんはあの後どうしたのぉ?」
「絹江ちゃん! その喋り方いいかげん直しなさいッ」
 母に叱られる。
「はぁい」
「喉を潰して手を砕いて足の健を切って片目を潰した」
「兄さんって怖いなぁ。相手は女の子だよぉ?」
「絹江ッ」
「はいッ!」
「俺は女には興味無いんだよ。だって、汚いからね」
「まぁ」
「一寸ォッ!」
「えぇ?」
「いやいや、勘違いしないでくれよ。三人は別だよ」
「でもまだ生きてるよ。交通事故にあった事になってる。ハート総合病院に入院しているよ」
「ふーん。人間の生命力って凄いんだねぇ。驚きだねぇ」
「……絹江ッ!」
「ハイ! ごめんなさいッ!」
「二人の彼氏は?」
「一緒に交通事故にあった事になってる」
「ふーん」

 皆勤賞を狙っていたから伝染病に掛かった事にして三日間学校を休んだ。
 登校したら石川さんが同じクラスにいた。
 誰も石川さんに近付かない。石川さんは一日中ずっとうつむきっぱなしだ。

 私には小さな頃から一人も友達がいない。色々面倒だったから。……他にも沢山理由があったんだろうけれど。

「ぃ……石川さんッ」
 勇気を出して話し掛けてみる。自分から誰かに話し掛けるのは産まれて初めて。かなりドキドキする。何て言おう! 何て言おう! 何て言おう!
「ぇ……ッえとッ! ……暇だったらで良いんだけれどッ……帰りに一緒にドーナツでも食べに行かない?」
 ポカンと私を見つめた後、
「ウン! 良いよ。」
 返事をしてくれたのがとても嬉しかった。
「絹江ちゃん、髪の毛切ったんだね」
「へへ」
 何て答えて良いか分からず思わず苦笑いする。
「前の三つ編みも可愛かったけれど短いのも似合うよね」
 …………。私の事を知っていてくれていたんだ。クラスが違っていたし一度も話した事なんて無かったのに。
「ええ? あ……有難う。へへへ。」
 何だか照れくさい。産まれて初めて友達が出来た。(友達だと思っているのは私だけなのかも知れないのだけれど)
 
 心から感謝するね。有難う。長田さん。山崎さん。
 アハハ。
 今度お見舞いに行ってあげようかな。沢山の花束を持ってね。
 九万八千五百円の事をすっかり忘れていたんだけれど私は優しいから無かった事にしてあげるね。
 アハハ。

トラベルミン