もう、何年も前の事だから少し記憶があやふやになっているのだけれど、色々と思い出してみる。
高校生の頃。多分トイレから教室への帰り道。トイレのすぐ横の教室の廊下の前をを通った時だった。
女子同士の甲高い怒鳴り声。廊下の窓から大勢のヤジウマが覗いている。僕はまっすぐ教室へと向かって歩いていた。
突然頬にぺしゃりと生暖かい感触。何だろう。
悲鳴が響く。そこら中の皆が大騒ぎをしている。誰かが教室から飛び出した。
「せ……先生を呼んでくるッ!」
?
手で生暖かい物をぬぐう。赤黒い液体。反射的に教室内をちらりと覗き見る。女子の手首から物凄い量の血が噴き出している。凄いな。と、思った瞬間偶然手首を切った女子と目が合った。その女子はニコリと笑った。
「え! お前見たの? マジで?」
高塚が言う。
「ウン」
「どうだった?」
高塚は基本的にヤジウマで噂話が大好きで色々な事を知っている。
「大騒ぎだったみたいだよ」
「あのなァーー。ミツカズゥーー。違うだろォーー。そうじゃ無くてェーー」
「高塚、あのな、ミツカズはお前と違ってそういうの全く興味が無いんだって」
小池が笑いながら言う。
実際あれから救急車が来て大騒ぎだったらしい。僕は全然興味が無かったから流し台で顔に掛かった血を石鹸を使って念入りに洗い流した後すぐに教室へと戻ったけれど。
「なぁミツカズ、手首切った女の話知ってるか?」
小声でさも物凄い秘密のように囁く。ああ。始まった。
「何かあるのか?」
呆れたように小池が言う。
「……増井千鶴子。俺と同じ中学だったんだけどなァ、あの女、かなりヤバいんぜェ」
「そうなんだ」
まぁ、確かにそうなんだろうな。
「へぇ。どんな風に?」
小池は興味を持ったようだった。
僕は正直どうでも良かった。
話の大体のあらましはこうだった。(高塚の話はとにかく長い)
中学の頃、あの女事、増井千鶴子は大学生と付き合っていた。そうして中学二年生の頃妊娠した。千鶴子はそれはそれは大喜びだったそうだ。大学生や回りの大人達は堕ろすよう言ったそうだけれど千鶴子は迷わず出産した。元気な男の子だった。
その子には大学生と全く一緒の名前を付けた。
大学生は逃げた。
でも、千鶴子はどうやって調べたのかは不明だけれど大学生の実家へと電話を掛けた。
大学生の両親と大学生は千鶴子と千鶴子の両親の元へお詫びに行った。
千鶴子は中学卒業と同時に大学生と結婚する気だった。
毎日毎日毎日毎日毎日大学生に電話を一日に何度も何度も何度も何度も何度も掛け続けた。大学の講義中だろうと真夜中だろうとおかまい無しに。電話に少しでも出るのが遅いと電話口で泣き喚いた。電話に出ないと大学生の実家へ泣き喚きながら電話を掛けた。
そうしてある日、大学の講義中に突然赤ん坊を連れて教室へと入って来た。
皆が唖然としている中千鶴子はその大学生の隣へ座り、
「はーい。パパですよー。パパは今お勉強しているから静かにしましょうねー」
「ね、可愛いでしょ?この子が寂しがるから会いに来たの」
「私とあなたの子供なの」
「ね、可愛いでしょ」
「私とあなたの子供なの」
結局その子供は千鶴子の弟として千鶴子の両親が育てている。
「で、その大学生はどうなったんだよ?」
小池が質問する。
「そこまではァ……知らない……。んだけどなァ」
高塚は頭を掻きながら言う。
「あァーー。でも、どうも今、あの女はフリーーっぽいらしいんだけどなァ。まぁ、とにかく、かなりヤバい」
千鶴子は入院したらしかった。
ある日の昼休み、三人で弁当を食べていると、
「ねーー、ミツカズ君、隣のクラスの子が呼んでるよーー」
誰だろう。他のクラスに知り合いなんていない筈だけれど。
廊下へ行くと、ハツカネズミそっくりの顔をした小さくておどおどした女子がいた。
「あ、あの……」
?
「し……食事が終わった……たら……たたた……体育館の裏へ行って貰えますか?」
?
同じ学年なのに何故敬語を使うんだろう。
「……あの……。行って貰えますか?」
ハツカネズミは泣きそうな顔をして僕を見ている。
「……お願い……します。行って貰えますか?」
「……あの……。行って貰えますか?」
ハツカネズミは同じ質問を延々と繰り返す。面倒臭くなって来た。
「ウン」
曖昧に答えて教室に戻ろうとした。
「お……お願いします……。必ず行って……く……下さい……ね」
「絶対……ですよ」
「何だったんだ?」
高塚が言う。
「ウン。良く分からなかった」
「何だよそれ」
小池が笑う。
食事が終わった後いつものように三人でたわいも無い話をしている時だった。
「オーーイ、ミツカズーー。隣のクラスの女が呼んでるぞーー」
?
…………ああ。そうだった。
ハツカネズミが目に涙をためている。頬が真っ赤に腫れ上がっている。
「あ……あの。た……体育館の裏。…………お……お願いします。…………。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。……お……お願いしま……す」
?
「ウン」
高塚と小池に一寸用事がある事を伝えると体育館の裏へと向かった。
女がいた。誰だ?
「やっぱり来てくれたね」
?
「ねぇ。ミツカズ君って私の事が好きなんだよね?」
? 何故僕の名前を知っているんだろう。
「ねぇ。そうなんだよね?」
?
「照れなくても良いよ。私には分かるんだから」
「ミツカヅ君、いつも私の事を見ていたよね?」
「知ってるの。わかるの。ずっと私の事を見ていたよね?」
「知ってるの」
「いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも。私、ミツカズ君の視線を感じていたの」
?
「だから、ね? 付き合ってあげても良いよ」
「だってミツカズ君が可哀想だも。」
「ミツカズ君って私の好みだし」
この女が何を言っているのかサッパリ分からない。
「ね? 嬉しい?」
「ね? 嬉しい?」
「ね? 嬉しい?」
大体僕はこの女の名前すら知らない。
「……えっと……誰……だっけ?」
「増井千鶴子よ」
ああ。思い出した。血の女だ。
…………。
この女が何を言っているのか今一つ理解出来なかったのだけれど、面倒臭いし別に特に断る理由も無いからコクリとうなずいた。
「そうよね。断る理由なんて無いもんね。ミツカズ君。これから仲良くしようね」
「ね? 嬉しい?」
「ミツカズ君。今あなたとても幸せよ? ね?」
そうなのかな? 別に今までと何一つ変わらないし何も感じないけれど。僕は今幸せなのかな?
「えぇッ? お前は馬鹿かッ?」
高塚に怒られた。
「あーー。でもお前の言ってた話って単なる噂だろ? 本当の所は分からないんだろ?」
小池が言う。
「少なくとも俺の中学の奴達は全員知っているぞッ? ヤバイってェ。ああァ。もうーー。知らないぞォ」
「でも、千鶴子って子、顔は物凄く可愛いよな?」
小池が言う。…………。
「どうして?」
「どうしても。考えたんだけど何だか僕と君は何もかもが全然合わないよ。じゃあね。」
電話を切る。瞬間、鳴り始める。電話に出る。
「何故? まだ一日も付き合ってないよ?」
「私が付き合ってあげるても良いって言っているのよ?」
「ねぇッ! 聞いているのッ?」
電話を床に放り投げる。ゴロリと横になって高塚に借りた漫画の続きを読む。結構面白い。
「ハァ?」
「やっぱりね、合わないと思って」
高塚は頭を抱えている。
「お前なァ。それは…………。かなりヤバいぞォ……」
「ミツカズ、それは余りにも千鶴子って子に失礼じゃ無いか?」
小池が呆れている。胸がキリキリ痛くなる。
「ウン。…………で……でも、良く考えたら、やっぱり合わないかなって思って」
震える声で答える。涙が出そうなのをぐっと我慢する。
「うわァ! …………ミツカズ、廊下の方を見るなよォ。絶対に見るなよォ」
小声で高塚が言う。
?
「千鶴子が凄い目をしてお前の事をにらんでいるぞォ……」
千鶴子は休み時間の度に教室の前へやって来た。トイレへ行く度に、移動教室へ行く度に、とにかく教室から出る度に声を掛けられた。
「ね、後悔してるんだよね? 私、怒っていないよ。全然怒ってないよ」
僕は何も答えない。
「凄いなァ。お前」
高塚が苦笑いをしている。
「何が?」
「あれから電話、毎日掛かって来ているんだろォ?」
「え。何で知ってんの?」
「やっぱりなァ」
「電話、出ているのかァ?」
「ウン。取らないと何時間でも鳴り続けているし。切ってもすぐ掛かって来るし。でも、いつも一緒の事しか言わないよ?」
「うわ……。怖いなァ……」
「電話に出てそのまんま床に放ってある。通話時間を見たら毎日朝までずっと喋っているみたいだよ。電話代、大丈夫なのかな?」
「……はは」
高塚が苦笑いをしている。
「どんな事を言って来るんだ?」
「え……。別に大した事じゃ無いよ。」
「別に秘密にする事無いだろ。言えよ。友達だろ?」
小池が心配そうに言う。
「……一寸それは……。流石にヤバいな……」
小池が心配そうに言う。
「そ……そうかな。」
「ミツカズ、お前、帰り道、気を付けた方が良いかも知れないぞォ……」
高塚が言う。
「え。何で?」
高塚が頭を抱える。
「あのなァ、ミツカズ……」
高塚が言った通りだった。帰り道背後に気配を感じた。さり気無くカーブミラーを見る。ハツカネズミだ。電柱の影に隠れている。(つもりなんだろう)
「ミツカズ、最近ねぇ、飯田さんの奥さんがねぇ。又ご近所でうちの悪口を言い触らしているみたいなのよねぇ。確かにウチは貧乏だけれどねぇ……」
「又ァー? もォーーしーーつーーこーーいーー」
妹のノブコが答える。
「あそこの家の旦那さんはノブコの通っている中学校のPTA会長もしているしねぇ。揉め事はねぇ。一寸ねぇ」
母さんが愚痴を言うなんてよっぽどの事だ。
「ねぇねぇ母さんッ。どんな事を言い触らしてるの?」
「…………一寸二人には言い辛いんだけれどね、…………母さんがね、……風俗で働いているって……」
「ハァッ? バカじゃないの?!」
ノブコが茶碗と箸をガチャンとちゃぶ台に叩き付ける。
「ノブコ、お行儀が悪いわよ」
母さんは僕達の為に交代制の機械工場で働いている。キツイ仕事だ。僕の学校はアルバイトが全面禁止されている。
「ねぇ、僕、先生に事情を説明して来月からアルバイトするよ」
「ミツカズ、そういう意味で言ったんじゃあ無いのよ。ご免なさいね」
「あーーッ。そうよッ。兄ちゃん聞いてよッ。飯田ん家のミヨコもさァーー。アタシの事馬鹿にして来るんだよ。マジでウザイって。誰にも相手にされてない癖にさッ」
ふと先日の会話を思い出す。面白い事を思い付いた。飯田家の方へと向かう。ハツカネズミが必死で付いて来る。一寸早足で歩く。ハツカネズミも早足で付いて来る。面白い。
飯田家の大きな門扉はいつも開け放たれている。回りに誰もいない事を確認してさっと中に入る。沢山植えられた大きな植木の陰に隠れる。ハツカネズミが大きな門扉の前でウロウロしている。手帳? を取り出して何かを必死でメモしている。面白い。しばらくするとハツカネズミは走りながら立ち去った。
「ミツカズ、ノブコ、最近ね、この辺で深夜にね、変質者がウロウロしているらしいのよ。二人共気をつけなさいね」
「エェ? 怖ーーい。強盗か何かかな?」
「母さんも詳しくは知らないんだけれど……、ご近所で噂になっているようなのよね」
「何かあってからじゃあ遅いから早めに家に帰るようにしなさいね」
「母さんも遅番の時は大通りの方から帰るようにしなよ?」
電話は相変わらず毎日掛かって来る。
「……後悔するよ?」
「私、今ならまだ怒ってないよ?」
「……後悔するよ?」
「……後悔するよ?」
「……後悔するよ?」
「……絶対に後悔するよ?」
「えっと。どんな風に?」
もう読む漫画も無いし面白いテレビ番組もやっていない。
「……それはね、秘密。…………とにかく…後悔するよ?」
「ね、私の事好きなんでしょ?」
「だって、ずっと見ていたじゃない?」
面倒になって電話を床に放り投げる。時計を見るともうかなり遅い時間だ。明日が辛くなるからそろそろ寝よう。
「なぁ、ミツカズ、大丈夫か? まだ毎日電話掛かって来ているのか?」
小池が言う。
毎日毎日毎日毎日毎日。千鶴子は休み時間の度に教室の前へやって来て僕の方をにらみ付けている。
「ウン」
「流石に……しつこ過ぎるな……。俺が何か言ってやろうか?」
小池が廊下の方を見て言う。凄く嬉しい。でも大丈夫。大丈夫だよ。
「無理だってェ。あの女には何を言ってもォ」
「ウン」
「ミツカズ…。お前凄いなァ」
「ウン」
「えッ」
マズイ。
「いや、電話は放って置いたら本当に大丈夫だし。高塚、それよりこの間の漫画面白かったからの続き貸して」
「……はは」
金曜日の真夜中。
「ねぇねぇ! 兄ちゃん! 大変だよッ!」
ノブコが部屋へ飛び込んで来た。母さんは今日、夜勤でいない。
「どうした?」
「火事だよ! 飯田ン家が燃えてるの!」
「エ?」
カーテンを少し開ける。真っ赤な炎が見える。消防車のサイレンの音がする。
「ノブコ、絶対に外に出るなよ。」
「ウ……ウンッ!」
「ぜッ全焼……かな……?」
「ウーーン」
「でも火大きいよね?」
「ウン」
「消えないし」
「ウン」
「この間母さんが言っていた変質者かな?」
「……多分ね」
ハツカネズミかな? 嫌、違うな。ハツカネズミはそんな大きな事は出来ないな。千鶴子かな。千鶴子だろうな。そう、絶対に千鶴子だ。
「……ね。何で兄ちゃん笑ってるの?」
「え? 笑ってないよ。笑う訳、無いよ?」
「そ……そうだけど……」
「この辺も物騒になったな」
「怖いね」
飯田一家は逃げ送れて全員亡くなったそうだ。
「家、間違ったみたいだね? 一家全滅だって?」
「…………」
電話がブツンと切れた。
「おいッ! お前の家の近所で火事があったらしいじゃん! 全国ニュースになってたぞォッ! 現場から走り去る女の影を見たって人もいたらしいじゃんッ……。やっぱり……。さァ……」
高塚が朝から興奮している。
「…………。馬鹿か高塚。まさかそれは無いだろ」
小池が言う。でも顔は真剣そのものだ。
「ウン。一家全員亡くなったそうだよ。母さんが言っていたけれど少し前から近所を変質者がウロウロしていた噂があったらしいんだよね……」
今日は廊下に千鶴子の姿が見えない。一体、どうしたんだろうね?
「なぁ!」
小池がいつに無く明るい口調で言う。
「今日、ラーメン食って帰ろうぜ!」
「お。いいねェ」
「ウン」
学校以外でも一緒にいられる。嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!
門に向かって校庭を歩いていた時ふと振り返ると下駄箱の入り口から千鶴子が物凄い目をして僕をにらみ付けている。何だかとても顔色が悪い。僕はニコリと微笑み返す。
「……あ。」
門の所からパっと飛び出す小さな影。
「待たせたか? ゴメンゴメン。」
小池が今まで僕に一度だって掛けた事の無い優しい声を掛ける。
ショートカットの似合う小さくて明るくてくるくると可愛らしくて僕の持っていない物を僕が欲しくても絶対に手に入れる事の出来無い物を全部持っている女の子。
「一年三組の高須早苗って言うんだ。……。俺の彼女だよ!」
小池が真っ赤な顔をしている。今まで僕に一度だって見せた事の無い幸せそうな顔をしている。
「オォ? 小池ェ! いつからだァ?」
「一昨日」
「どっちから告白したんだァ?」
高塚はとっても興味津々なようだ。
「わ……私から……」
「今日はさ、二人に紹介したくてさ」
小池が照れ笑いをする。
「俺、高塚信二、よろしくなァ!」
「僕は、吉田光和だよ。よろしくね」
「二人共とっても良い奴だよ。」
……そんな事無いよ。少なくとも、僕はね。
家に帰って部屋に入って鍵を掛けて椅子に座って机に突っ伏して。
絶望した。
電話が鳴った。
「ねぇ……。ねぇ……。ねぇ……。私、怒って無いのよ?」
「まだ平気よね?」
面白い事を思い付いた。
「僕ね、付き合ってる子がいるんだよ」
「……!」
「一年三組の高須早苗って子だよ。」
「あんたとは違ってとッても可愛くてッショートカットがとッても似合っててッ小さくッてッ! 明るくッて僕の……」
そこで電話が切れた。さぁ。どうなるんだろうね?
次の日の二時限目。突然物凄い悲鳴が上がった。
「いいかッ? 絶対に教室の外へ出ないようにッ!」
先生が廊下へと飛び出して行く。
「ね……ねぇ……。ミツカズ君、い、今の何だと……思う?」
隣の席の女子がブルブル震えている。
「ウン」
教室中が嫌な空気に包まれる。
「放送で言うんじゃ無いかな。もう少し待ってみようよ……」
わざと声のトーンを落として不安そうに演技する。
救急車のサイレンの音が鳴り響く。
「え。誰か怪我したのッ?」
「ちょ……。ぉ……おいッ! パトカーが来たぞ?」
窓際の席の誰かが言う。教室中がざわめき立つ。
「警察ゥ? 何だ? まさか事件かよッ?」
「やだ、嘘……」
「ねぇ、一年の教室の方みたいだよ!」
「マジかッ?」
絶対に教室から出ないようにと放送が流れる。
高須早苗が死んだ。
犯人は増井千鶴子。大きくて細くて長い包丁で体中滅多刺しにしたそうだ。早苗はほぼ即死だったそうだ。白昼の惨劇って奴だね。
「……」
「……」
「なァ……」
「…………」
小池は黙っている。
「何で千鶴子が早苗ちゃんを?」
高塚が言う。
小池は黙っている。
僕も黙っている。
皆黙っている。
「あ……あのさ……」
「僕のせいかな……。この間皆でラーメンを食べに行った時さ、門の所で待ち合わせをしていたよね?その時下駄箱の入り口で千鶴子がずっと僕の方をずっとにらみ付けていたんだよね……」
小池は黙っている。
「……もしかして……勘違いされたのかも」
「あァ……ありえる……かも……な……。あの……女ならなァ」
高塚が言う。
小池は黙っている。
「ね、小池は早苗ちゃんの事好きだった?」
僕が言う。(今になって思えば物凄い質問だったと思うけれど)
「まだ、分からなかった」
僕は安心する。
「まだ、電話番号やメルアドも知らなかったし……。あんまりちゃんと話をした事も無かったしな……」
「そッか……」
高塚が言う。
僕は安心する。
皆黙っている。
「女って怖いよね」
僕が言う。
「……だな」
小池が少し微笑んで答える。
「滅多刺しだったってなァ……。血の海だったらしいなァ」
「そう……だったんだ……」
そりゃあ凄い。
「早苗ちゃんのクラスの子達なァ、半分以上休んでいるってさ……」
是非見てみたかったな。
「女って本当、怖いよねぇ……」
「おい? ミツカズ?」
僕は泣いてみせる。
「ご免ね。僕のせいで……。小池。ご免ね。ご免ね。ご免ね。ご免ねぇ。ご免ねぇ……」
小池の大きな手が僕の頭をポンと軽く叩く。
「……お前のせいじゃあ、無いだろう。」
「ご免ねぇ。ご免ねぇ。ご免ねぇ。」
僕は泣き続ける。
「そうだぞ……。別にお前が悪い訳じゃあ無いだろォ。勘違いしたあの女が全部悪いんだからなァ……」
高塚が言う。
「でも……でもでもでもでもでも」
ボロボロと涙をこぼし続ける。
「男がそんなに泣いたら駄目だろ」
「でも、早苗ちゃんが……」
「正直本当に、こんな事を言ったら何だけれど。……まだ、正直好きだったかどうかも分からなかった」
その言葉を聞く度に安心する。もっと言ってよ。ねぇねぇねぇもっと言ってよ!
「ご免ね。ご免ね。ご免ねぇ。本当にご免ねぇ。」
僕は机に突っ伏して泣き続ける。本当の所、半分笑っていたんだけれどね。
「女って……怖いなァ……」
「そうだな……本当だな……」
だよね? 小池は僕の物だよ。誓って絶対に誰にも渡さないよ。どんな手を使ってもね。千鶴子、今回はお礼を言わなきゃね。
笑いが止まらない。千鶴子、僕はあんたみたいなヘマはやらないよ。絶対に手に入れるよ。 欲しい物はね。どんな手を使ってもね。
「ミツカズ、何ぼーっとしてんだ?」
小池、いや、タダオが言う。
「えーー。僕ぼーっとなんてしてたっけ?」
「してただろ。」
タダオが僕の頭をくしゃりと撫でながら笑う。
「今日の夜は何が食べたい?」
「あ、今日は僕が作るよ」
「今日は俺が当番の日だぞ?」
「いや、いいよ。今日は色々美味しい物を作るよ!」
僕は元気良く立ち上がる。そうしてタダオに軽く口付ける。
「オイオイ。どうしたんだ今日は。いつも照れて絶対に自分からはしない癖にさ」
タダオが笑う。
僕も笑う。心の底から。
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