INDEX BACK
ジェラートの感触
「もうすぐよ。もうすぐ出られる」
 耳元でそっと囁く。
「ね、アーゼ、もうすぐ終わるのよ。そうしたら、そうしたらずっと一緒にいられるね」
 アーゼは返事をしない。
「誰?うるさい」
 誰かの声。
「ねぇ、ねぇ、もしかして、アーゼ調子悪いの?」
 うるさいわエンマ。余計な事を言わなくていいの。
 狭くて真っ暗な洞窟の中。もう随分前から時間の感覚が全然無い。
 狭くて暗い所に詰め込まれた私達。ずっと膝を抱えて座っている私達。背中越しに伝わる誰かの体温。
 狭い。暗い。蒸し暑い。そうして皆の排泄物で地面はじっとりと湿っている。
 何ともいえない悪臭。
「もう少し、そこ詰めてくれない?」
「……私も狭いの」
「でも狭いんだけど?」
 耐えなきゃ。耐えなきゃ。耐えなきゃ。
 でも、でも、でも、
 暑い。暑い。暑い。
「ね、アーゼ、大丈夫?」
 耳元でそっと囁く。
「もうすぐ終わる。そうしたらずっと一緒にいられるね」
 アーゼの右手を両手でそっと握る。
 いつもひんやりと冷たいアーゼの手。この冷たさが心地良い。
「ねぇ、アーゼ調子悪いんじゃない?ずっと動かないよ?」
 うるさいわエンマ。余計な事を言わなくていいの。
「アーゼ?」
「アーゼに触らないでッ」
 エンマの手を叩く。
「えーー? アーゼ調子悪いの?」
「脱落? 脱落?」
 皆の期待に満ちた気配。
 もうすぐ終わる。そうしたら明るい場所でアーゼの顔が見たい。アーゼの笑顔が見たい。お日様みたいなアーゼの笑顔。
「……フ」
 アーゼの冷たい右手に私の両手が払いのけられる。
「フランカ! フランカ! フランカ! 出して! ここから出して! フランカ! 私! フランカに会いたいの……!!! ねぇ!」
 突然アーゼが滅茶苦茶に暴れ始める。
「痛い!」
「一寸! 何よ?」
「……アーゼ?!」
 ……フランカって誰? だってアーゼはいつだって私と一緒にいた。どんな時だって一緒にいた。一緒にいたのに。
「出してッ! 出してッ! 出してッ! フランカ! 助けてッ! 嫌! 嫌! 嫌! もう駄目! イヤァァァァァァーーーーーー!!!!!!」
「アーゼ、ね、落ち着いて!」
「やった !やった! アーゼは脱落だ! これで出られるよ! これで出られる!」
「……遅いよ……脱落するならもっと早く脱落してよ……」
「痛い! アーゼ! 皆アーゼを押さえて!」
「アーゼ! jこのまんまじゃあ脱落してしまう! 我慢して!」
 後ろからアーゼを抱き締める。いつもひんやりと冷たいアーゼの身体。この冷たさが心地良い。
「触るなッ!」
 アーゼの手に足に殴られる。蹴り上げられる。
「触るなッ!」
 離さない。離さない。離さない。だってアーゼは私のもの。私だけのものだもの。
 ゴッと鈍い音がしてアーゼが動かなくなった。
 エンマ?
「アーゼは脱落。だから潰した。皆分かった?」
 エンマ?
「アーゼが脱落した!!!」
 エンマが大声で叫ぶ。それと同時に洞窟の入り口がゆっくりと開かれる。細い光の筋が差し込む。
 終わった! 終わった! 皆が洞窟から出て行く。
 おめでとう! おめでとう!

 抱き締めたアーゼの頭から白い脳漿がボタボタとこぼれ落ちている。私のアーゼの中身がこぼれ落ちている。
 私の私の私のアーゼ。
 それを手でそっとすくう。ぬるりと生暖かい感触。

「何をしているの? あなたまでおかしくなったの?」
 エンマが笑っている。
「終わったのよ。お祭りが始まる。主役は私達。準備をしなくちゃ。さ、行こう?」
 エンマが笑っている。
「アーゼは私のものだったの。私のものだったのよ」
「違うわね。アーゼはフランカのものだった。知らなかったのはあなただけ」
「アーゼはいつも私といた。フランカなんて知らない」
「アーゼはフランカのものだった。知らなかったのはあなただけ」
 エンマが笑っている。
 エンマがアーゼを蹴り上げる。
「脱落者は、ゴミよ。いつまでそんなモノを持っているの? まさか、本当におかしくなった訳じゃあ無いわよね?」
 エンマが笑っている。
「さ、行こう?」
 エンマが私の手を取る。冷たい冷たい冷たい手。
「あなたは私のものだから。今からずっと。これからずっと。永遠に。ね、いいでしょ?」
 エンマが耳元でそっと囁く。
 お祭りが始まる。

トラベルミン