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逃避の果て

 お兄ちゃんは生きていない。
 お兄ちゃんは生きていないけれどお兄ちゃんが生きていた時は僕とお兄ちゃんの部屋だった今は僕の部屋になった部屋に今もずっといる。本当は一人の部屋がいいのにお兄ちゃんは部屋から出て行ってくれない。凄く困ってお父さんとお母さんに相談したらお父さんとお母さんは泣きそうな顔になってしまった。
 少しだけ良い事もある。僕の部屋は家中で一番涼しい。窓を閉めていてもとても涼しい。僕の部屋には扇風機もクーラーも無いから。
 でもイライラする。
「邪魔だな。出て行ってくれないかな」
 大きな声で言ってみる。何の効果も無い。お兄ちゃんはいつも部屋の隅にいて壁の方を向いてじっと立っている。僕の知る限りだけれどお兄ちゃんが動く所を見た事は一度も無い。
 お兄ちゃんは生きていた時と全然違う外見になってしまった。頭は卵のように割れていて何だか白くて赤いドロドロとした物がぶらりと垂れ下がっている。手も足も変な風に曲がっていて色んな所から骨がはみ出している。最初は本当に気持ち悪くて怖かったけれどもう慣れた。
 学校で一番の仲良しだった友達が部屋に遊びに来た時いきなり泣き出してしまった。一番の仲良しだったのに嫌われてしまった。変な噂も流されたし本当に悲しかった。お兄ちゃんに滅茶苦茶文句を言ったけど何の効果も無い。
 お化けに詳しい子にお兄ちゃんの事を相談したけど色々変な質問をされて面倒臭いだけだった。もう何年も前の話なのに今でもお兄ちゃんの事を聞いて来る事があってウンザリする。 

 今ではお兄ちゃんが生きていた頃よりも僕の方が大きくなった。お金を貯めて家を出た。
 
 お兄ちゃんが生きていた時は僕とお兄ちゃんの部屋だった今は僕の部屋になった筈の場所。僕の持ち物は全部捨てられていたけれどおにいちゃんの持ち物はお兄ちゃんが生きていた時のまま。
 やっぱりお兄ちゃんは部屋の隅にいて壁の方を向いてじっと立っていて何も変わっていなかった。
「ただいま」
 小さな声で言ってみた。
 お兄ちゃんからゴボゴボと(多分口から)変な音が聞こえた。何を言っているのか全然分からなかったけど一寸嬉しそうな風だった。
 そんな風に聞こえた。
 多分ね。

トラベルミン