小さな頃は大人になったら空も飛べる筈だと思っていた。
絶対飛べるはずだと思っていた。
本当に飛べるはずだと思っていた。
飛ぶ。
それは選ばれた人にしか許されない力。
飛ぶ。
それはお父さんとお母さんがとても喜んでくれる事。
飛ぶ。
それはお父さんとお母さん以外の人達も喜んでくれる事。
「私、絶対飛んでみせる」
望ちゃん。
「私、絶対飛んでみせる」
香奈枝ちゃん。
「私、絶対飛んでみせる」
玉枝ちゃん。
三人はとても仲良し。いつも一緒。いつだって一緒。何をするのも一緒。だから約束。
「大人になったら絶対に三人一緒に空を飛ぼうね」
才能が無いと努力をしても飛ぶ事は出来ない。才能があっても努力をしないと飛ぶ事は出来ない。
――望
「私ねぇ、先生に飛ぶの無理だって言われちゃったぁ。サイノウが全然無いんだってぇ」
「でもねぇ、飛ぶんだぁ。小さな頃にねぇ、仲良しだった友達とね、約束したの。三人でね、一緒に飛ぶって約束をしたの。だからねぇ、飛ぶの。飛ぶの。飛ぶの。飛ぶんだからぁ。だってねぇ、私だって頑張れば飛べるんだからぁ。先生は飛べないって言ったけどねぇ、飛べるんだからぁ」
「飛べるよねぇ?私、飛べるよねぇ?ねぇ?」
「飛べるよねぇ?私、嘘つきになりたくないよぉ」
曇り空。真っ赤な空。学校の屋上で一人。生暖かな風が吹く。
「だってぇ、香苗と玉枝にさぁ、合わせる顔が無いじゃん?ウソツキになりたくないじゃん?」
「あの二人だけだもん。私の友達ってさぁ」
屋上を蹴る。
――ほらねぇ飛べた。スゴク気持ちいい。
バンッ。乾いた音が鳴り響く。瞬間――地面に不恰好な赤黒い花が咲いた。
――ほらぁ飛べた。スッゴク、気持ちいいかもぉ。
ふと、望は自分の身体を見下ろす。そうして一寸考える。
……身体はぁ飛べなかったけどぉ……これって一応飛んだ事になるん……だよねぇ?
――香奈枝
香奈枝には才能があった。香奈枝の年齢で飛ぶ事の出来る人間は滅多にいない。香奈枝の飛ぶ姿は訓練された大人に全く引けを取らない。まるで鳥のようだ。
香奈枝は笑う。
私、とても綺麗。
私、神様から選ばれたの。
私、皆とは違うの。違うのよ?そこの所分かって欲しいの。
皆、神様から選ばれなくて可哀想。とても気の毒だと思うの。
とても気の毒だと思うの。本当よ。でもねこれは仕方の無い事なの。
香奈枝は笑う。
お父さんもお母さんも喜んでくれた。
お父さんとお母さん以外の人達も喜んでくれた。
望?玉枝?……誰?……ああ思い出した。馬鹿ね。無理よ、無理。だってそんなに簡単に飛べる訳が無いじゃ無い?だってほら、これって神様から授かった特別な力な訳だし?ねぇ?
――玉枝
「……あら。いらっしゃい。久し振りね。入って。狭い所だけど。最近はこの辺も物騒になったわね。いいえ?私はここにいるわ」
「望?……ああ……随分前に自殺したらしいわね。一体何が原因だったのかしら?」
「そう。小さな頃仲の良かった友達よ。連絡?小学校を卒業してからは全然。まさか自殺してしまうだなんて……。まぁこんなご時世だもの仕方が無いのかもしれないわね」
「香奈枝?……ああ……戦争で死んだそうね。でも名誉の戦死だったから本人は満足なんじゃあないかしら?」
「飛ぶ?そんなのは子供の頃の夢。香奈枝?ふふ。才能があったのね。凄い事だわ。私の仕事は地面にを掘る事。安定しているしね。そう?確かに地味な仕事だけど……そう?うふふ」
「……飛ぶ?うふふ。子供の頃の夢よね。正直私も憧れていた。……なんてね。嘘。うふふ」
「……そう。もう行くのね。無事を祈ってるわ。さようなら」
どこかでが銃声が聞こえる。
どこかで爆発音が聞こえる。
どこかで悲鳴が聞こえる。
窓を開ける。
轟音。熱風。真っ赤な空。
窓の外を見下ろす。炎が見える。肉の焦げる臭いがする。
銃声が近付いて来る。
ここももうお終い。
お父さんもお母さんももういない。
お父さんとお母さん以外の人達ももういない。
そう、誰もいない。
もう生きている意味が無い。地面に穴を掘る仕事だって?冗談じゃ無い。冗談じゃ無い。冗談じゃ無い。私はお墓なんて掘りたく無い。
――手を広げる。
風が吹く。
自然と顔が笑顔になる。
うふふ。
窓を蹴る。
玉枝の身体がふわりと宙を舞う。
なんだ。こんな簡単な事だったの?うふふ。身体全体で風を感じる。真っ直ぐに上を目指す。この町を滅茶苦茶にした奴ら全員私がブチ殺してやるわ。うふふ。
玉枝の身体が宙を舞う。誰よりも軽やかにそうして力強く。
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